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 恵悟と遊んだ日の帰り道は、いつも足取りが重かった。もっと遊びたいという後ろ髪引かれる気持ちと、純粋な遊び疲れで足が重く感じるからだ。しかし、今日はそれらとは全く違う理由で僕の足取りは重くなっていた。遊び疲れも無くはないけれど、もっと大きな別の事にのしかかられている。
 僕は結局、恵悟を助けてしまった。そればかりか、明日もこっそり里を抜け出してまた一緒に遊ぶ約束までしてしまった。この一連の事は間違いなく長老は知っているだろう。自分の不始末の責任を取る機会をくれたはずなのに、それを自ら蔑ろにしてしまったのだから、さぞかし落胆、若しくは激怒しているに違いない。父も同様のはずである。
 はあ、と憂鬱な溜息を一つつき、足を一寸止める。見上げた空は日がもう沈みかけているが、里へはまだまだ道程は遠い。けれど、それが目と鼻の先に思えるほど、僕は里へ帰りたくなかった。
 掟を破った事への決着を付けられなかったので、長老に罰を受けるかもしれない。また、父親には激しく叱責されるかもしれない。けれど、それ以上に僕を責め苛むものがある。それは、僕が咄嗟に恵悟を助けてしまった時の気持ちだ。
 恵悟は僕との約束を破り、あの石を大変な事に使った。しかも、それを最初は僕に隠し、そして正当化して約束は破っていないと言い張った。その上で、またこれまでのように術の教本を貸して欲しいと言ってきた。既に口と気持ちが裏腹になっているにも関わらずだ。
 僕と恵悟は、僕が思っていたような友達の関係ではなくなってしまっている。恵悟は僕を友達と思っていない。それなのに、僕はその恵悟を友達として見限れていないのだ。情けないほどに、会ったばかりの頃にはあったはずの友情に縋り付いている。だから、恵悟との事に決着をつけようとあんな場所へ誘い出したというのに、せっかく好都合な事故が起きてくれたというのに、僕は一も二もなく恵悟を助けてしまったのだ。
 自分の立場を悪くしてでも、恵悟とは友達でいたい。そんな自分が今になって許せないと思う。けれど、思うだけで全く行動には反映出来ていない。明日の約束は次の機会を窺うためだのと、言い訳をするだけで精一杯だ。
 里に着く頃にはすっかり日も暮れていた。あちこちの家から明かりと炊事の煙が漏れている。微かに夕食の香りもするが、今は全く食欲はわかなかった。
 家に真っ直ぐ帰るか、それとも長老の屋敷へ行って報告をするべきか。少し悩んだ後、僕は先に長老の屋敷へ向かう事にした。家に帰った所でそれを長老は見通しているのだろうし、父が家に居ようと屋敷に居ようと、どちらにしても屋敷に連れて行かれる展開には違いないからだ。
 長老の屋敷へと足を進める。日も落ちた里の中では既に行き交う姿もなく、夜道を歩くのは僕一人である。そこに冷たい風が吹き付けてくると、今の惨めな気持ちをより膨れさせた。
 恵悟との事よりもまず、今日の所を切り抜ける言い訳からしなければいけない。まだ自分の気持ちが、うまく現状と折り合いがつけられていないから、今日のような事になってしまったのだ。それを長老には話さないといけないとは思うが、きっと認めてはくれないだろう。そのためにも、何か切り抜ける言い訳を考えなくては。
 そんな不安と頭の痛い思いをしながら長老の屋敷へ足を引き摺るように向かった。
 屋敷の正門は何時になく威圧感を放っていた。夜だから昼間と違う雰囲気に見えるのと、自分の後ろ暗さがそう感じさせるのだろう。門はぴったりと閉じられている。僕はすぐ脇にある勝手口の方へ周り中へ呼びかけてみた。
「夜分恐れ入ります。吉浜の小太郎です」
 しばらくして出てきたのは屋敷の家政婦さんだった。
「あら、小太郎君。こんな遅くに」
「すみません。長老にお会いしたいのですが」
 すると家政婦さんは、一旦怪訝な表情で僕を見た。
「長老は今外出されてますよ。小太郎君のお父さんと」
「え、いつから?」
「さあ、夕方くらいからだったかしらね。夜には戻るとは言っていたけれど」
 二人はすぐには戻っては来ないらしい。
 それがただならぬ事というのは僕にもすぐに分かった。僕達一族は滅多な事で外へ出掛けはしない。基本的には、年に何度か長老の許可の上で買い出しに行く時ぐらいだ。それが突発的な例外で起こったのと、何より長老が自ら外へ出るのは異例とも言える事だ。
「それでね、この事はくれぐれも内緒だからね。長老に口止めされているの」
「分かりました。誰にも言いません」
 長老が外へ出る異例、そしてこの口止め。絶対に何かある、そう僕は直感する。そして同時に、何か良からぬ物を漠然とながら感じた。長老はどこへ何をしに出掛けたのか、何故それに父が一緒なのか、それが僕に伝えられていないのは故意なのか。共通している事はある。それは僕と恵悟の事を知っている者という事だ。では、長老達は恵悟の事で出掛けたのだろうか。もしそうならば、一体何をするために……。
「すみません、ありがとうございました。僕はこれで帰ります」
「そう。じゃあ気をつけてね。明日にでもまたいらっしゃい」
「はい、そうします」
 僕は家政婦さんに別れを告げて家路についた。疑問や不安が残ってしまったものの、長老がいないのであればどうにもならない。取り敢えず、今はうちで父が帰って来るのを待って、今日の恵悟との事を包み隠さず打ち明けて一緒に考えて貰うしかなさそうだ。