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 見知らぬあの男達に、まこちゃんと僕は物置の中へ押し込められてしまった。物置の中は小さな電灯が一つあるだけで、窓も天井近くの小さな窓しかないから、薄暗く息苦しさを感じる。僕は何度か此処に、いたずらをした罰としてパパさんに閉じ込められた事がある。悪い事をした人が入る所だと思っていたから、押し込められたまこちゃんが可哀相でならない。
 まこちゃんと僕は物置の隅に寄り添うように座っていた。まこちゃんはずっと泣いていて、時折パパさんやママさんの事を口にする。何とか助けてあげたいが、物置には出入り出来る場所は戸だけしかない。そこも外から鍵がかかっているから、僕では何ともならない。つまり今僕が出来る事は、こうしてまこちゃんに寄り添うだけなのだ。
 あいつら、一体何をするつもりなのか。
 体中が痛くて仕方なかったけれど、僕の内心は煮えたぎっていた。あんな風に何もしていないまこちゃんを叩いた事は絶対に許せない。絶対に仕返しをしてやらないと気が済まない。だけど、あの連中がそれだけのために押しかけてきたとも思えない。パパさんは警察の偉い人で、それを知ってて来たと言っていたから、目的はパパさんに関係する事なのだろうか。
 未だしくしくと泣いているまこちゃんの声だけが物置の中に響く。二人だけしかないから、小さな音も余計に耳へ入って来る。そんな時、物置の外から違う声が割って入って来た。僕はそっと戸に近づき、その音に聞き耳を立ててみる。
『繰り返す、我々は不当に逮捕した同士十名の即時解放を要求するものである。この要求を警察が承諾しない場合は、更なる苛烈な報復も辞さないものである。我々は新革命主義同盟全国委員会である。警察官僚の横暴に対して真っ向から対決する覚悟である。不当に逮捕した我らの同士の解放を要求する』
 おそらく連中の内の一人だと思う。わざとらしいほど演技がかった厳めしい口調で、同じ文章を何度も繰り返し読み上げている。電話か何かに向けて言っているのだと思うけれど、どういう事なのかは僕にはあまり良く分からない。けれど、警察という単語が出てきた所を思うに、警察に対して何かを訴えているのだろう。むしろ、これは都合が良いと僕は思う。何とかパパさんに助けに来て貰おうと伝えたいけれど、あの連中が自分から警察へ訴えるのなら、自然とパパさんもこの状況を知る事が出来るはずである。後は強いパパさんがあの連中をみんな追い出してしまえば、まこちゃんも無事に助かるはずだ。
『今、この国は資本主義の甘い幻想に取り付かれ、混迷を来たしている。一部の者だけが富み、その一方で何の罪も無い子供が餓死するのは狂気の沙汰である。これに対し一切の対策を行わない政府こそが日本の患う病の病巣そのものである。今こそ労働者諸君は一致団結し、大企業の思い上がりを正し、国民を食い物にする政府と対決し、腐った内閣に勝利せねばならない。我々に残された道は二つ、奴隷のように搾取され続ける人生を甘受するか、闘争を持って改革を成功させ、真の平等社会を築きあげるかである。我々は家畜である事を断じて受け入れてはならない。軍隊や警察が我ら改革者に首輪をかけようとするものならば、闘争を持って立ち向かい血を流す事に一片の躊躇いも無いものである』
 一体物置の外であの男達は何をしているのだろうか。この話は一体誰に向けて何のためにしているのか。たまに知っている単語は出て来ても、僕にはほとんど話の内容も意味も分からない。ただ、話はいよいよ僕達から遠ざかって来ているように感じる。さっき言っていたように、警察やパパさんに聞かせるための話なのだろうか。
 これ以上聞いていても仕方が無いと思った僕は戸から離れて、再びそっとまこちゃんの隣へ座った。そんな僕をまこちゃんがぎゅっと抱きしめて来た。多分不安で怖くて仕方ないからだと思う。本当は体中が痛いからあまり触って欲しくはないのだけれど、それでまこちゃんの気持ちが少しでも紛れるのならばと、やりたいようにさせておいた。
「ねえ、あかしま。パパは私のこと助けに来てくれるもんね? パパは警察の偉い人だもん。悪い人はすぐに捕まえるんだから」
 まこちゃんの言う通りだ。そう意味を込めて僕は頷いた。パパさんはああいう悪い人達を捕まえるのが仕事なのだ。それに、あんなに可愛がっているまこちゃんを助けに来ないはずがない。
 僕は自分の頭や首をまこちゃんにこすりつけながら、まこちゃんが不安にならないよう自分なりになだめようとする。だけど、まこちゃんはまだ涙が止まらずいつもの元気は戻らなかった。僕がまこちゃんを抱きしめても、パパさんやママさんのように元気づける事は出来ないようである。僕がもっと頼り甲斐があって強かったら良かったのに。散々にやられたばかりという事もあって、理想とあまりに違う弱い自分が悔しくてならない。
 そんな無駄な事だけど、僕は自分以外の体温を感じるとささくれ立った気持ちが落ち着いて和らいだ気分になった。こうしている事が僕にとっての幸せである。幸せを感じられるかどうかは毎日を楽しく暮らせるかどうかを決める大切な事だ。だからまこちゃんの幸せをみすみす壊させはしない、そう思った。