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 覗き込んだライブの中は、薄暗さと中でチカチカ光る幾つもの小さな光とで、まるで夜空のようだった。ライブを少し傾けて日を入れ中を良く確かめる。折り重なる板や線の中の一角に、ライブの言う青い板のような物は差し込まれていた。けれど、本当にこれで正しいのか、私は二つの意味で不安に思った。
『どうしましたか? 見つかったのでは?』
「多分これだと思うんだけれど……」
『取り敢えず外してみましょう。間違っていても差し込み直せば済む話ですから』
 ライブに言われて、とにかくその青い板を外す事にした。板を留める両端の留め具をゆっくり倒すと、板は自然に半分抜け出てきたので、後はつまんでそっと引き抜くだけだった。軽く固く、そしてほのかに温かかった。木ともまた違う、不思議な感触である。
『外れましたね。では、私の側面にかざして下さい。センサーで視認します』
 ライブの目はどこにあるのだろうか、と不思議に思いながら、外した青い板をライブの横へかざしてみる。
「ここでいいの?」
『ええ、それで良いです。……む、これは』
「どうしたの?」
『いけないですね。思っていたよりも良くありません』
 抑揚こそ無いものの、ライブの声は深刻な物に聞こえた。
 多分そう言うだろうと私は思っていた。何故なら、この板は確かに青い色をしているのだけれど、まるで火に焼け焦げたかのように半分以上が黒ずんでしまっていたからだ。この板が何なのかは分からないけれど、良くない状態である事ぐらいは察せられる。
「やっぱり、壊れてるの?」
『ええ、着地の際の衝撃で過電流が起こったせいでしょう。もっと耐久度は高いものと思っていたのですが』
「これは治るの?」
『可能な限り修復は試みますが、代替手段も無い訳でもありません。同様の機能をハード的にエミュレートする、緊急手段があります。ただ、どちらにしても人の手は必要です。アイラ、申し訳ありませんが、もう少し修理を手伝って貰えないでしょうか?』
「うん、私は構わないよ。ライブのためだもの」
『そうですか。とても助かります』
 ライブに頼まれるのはとても嬉しい事だった。無論、私は即答する。ライブは私を必要としてくれて頼んでいる。義母達のような、半分以上嫌がらせのようにお使いを頼む事とは大違いだ。
『まず、その板のクリーニングをしてみましょう。汚れを取り除いた上で差し込み直して下さい。修復を試みてみましょう』
「綺麗にすればいいのね。どこか水はないかな」
『ここから真東にすぐ、小さな涌き水があります。飲用には適していませんが、クリーニングには問題無いでしょう。直接水に接触させるのではなく、その水で何か柔らかい布を湿らせて拭いて下さい』
「あまり濡らしちゃ駄目なんだね。分かった、任せて」
 私はライブに言われた場所に言ってハンカチを水に浸して絞ると、早速青い板の掃除を始めた。その板は思った以上に厚く煤が纏い付いていて、少し撫でただけであっという間にハンカチが黒くなり、洗わなければならなくなった。ライブの中は綺麗だと思っていたけれど、どうしてこんな火事でも遭ったかのように汚れているのか不思議だった。多分、私には良く分からない構造のせいなんだと思う。
『煤は出来るだけ入念に取り除いて下さい。完全に取り除かなければ呼吸が回復せず、修復が行えませんから』
「呼吸? 息を吸ったり吐いたりする事?」
『そうです』
「この板が?」
『はい。正確に言えば、通電により起こる外膜の細動です。それにより酸素を取り込み、修復流体の活動の活発化を促します』
 やはりライブの言っている事は難しく、時折私には理解出来ない言葉が出て来る。それだけ、ライブの生まれた星とこの辺りは物事が違うのだろう。とにかく、今大事なのはこの板を綺麗に磨く事だから、難しい事は考えず作業に専念する。
「そろそろどうかな? もう磨いても取れる所が無いみたいだけど」
 しばらくして、新しい汚れがハンカチにつかなくなってので私は青い板をライブの側面にかざしてみせた。
『では、先程と同じ場所へはめ込んで下さい。誘導灯をつけましょう』
 再びライブの中を覗き込む。薄暗いその中、今度は一角に不自然に点灯する光が並んでいる場所があった。そこが青い板を差し込んだ場所なのだろう。ライブの中は同じようにしか見えない部品が沢山並んでいるし、この板をどこから外したのかもう忘れているから助かった。
「差し込んだよ」
『了解です。……認識しました』
「どう? 治る?」
『損傷率が非常に高いですね。最低限の機能までなら修復可能ですが、あまりに時間がかかってしまいます』
「駄目なの?」
『いえ、幾つか代替えプランを詮索してみることにします。しばらく考えてみます。どの道、小程度の修復は必要ですので』
「じゃあ、他に私が手伝える事はある?」
『取り外したパーツを同じ位置へ戻して下さい。今の所はそれぐらいです。今後アイラに担当して頂くタスクが明確になれば、再びお願いする事になります』
 そうなると、ライブの部品を元に戻したらそれでしばらく手伝える事は無くなってしまうのだろうか。
 結局ライブの問題は解決出来ていないのに、自分が手出し出来なくなった事を煮え切らない思いに感じていた。ライブは命の恩人なのだから、ちゃんと最後まで助けてあげたかったのだけれど。実際どうすれば良いのかも手探りな様だから、私があれこれと急き立ててもどうにもならないことは分かるのだけれど。
 私はライブから取り外した部品を一つずつ丁寧に元の位置へはめ込んで行った。付ける時の方が外す時よりも、向きや力加減を気にしなければいけないから手間がかかった。だけど本音の部分を言えば、全て組み立ててしまったらライブとの接点が無くなってしまうような気がしたから、時間を必要以上にかけたのが一番の原因だと思う。最後にライブの天板を付ける時など、わざと向きや表裏を間違ってしまったぐらいなのだから。
「ねえ、ライブ。明日もここにいるの?」
『私はずっとここにいますよ。私には自分で身動きする機能がありませんから、動きようがありません』
「そっか、そうなんだ。じゃあ、明日もここに来ていい? 別に手伝える事は無さそうだけれど」
『構いませんよ。断る理由はありませんから』
「本当!? 良かった!」
 ライブが間を空けず答えてくれた事が私は嬉しくてたまらなかった。まだ自分はライブと繋がっていられるという喜びである。けれど、
『明日には要項はまとまります。それと、私はこの星の生活様式や文化についてあまり詳しく分かりません。そういった情報を収集する相手が必要ですから』
「そ、そう……。まあ私に分かる事なら」
 何となく出鼻を挫かれたと言うか、想像よりもずっと温度差があったようだ。けれど、それを察せられたくないから、私はぐっと息を飲み込み口を閉ざした。まだ今はこうだけど、いずれはもっと仲良くなりたい。そう私は思う。時間をかければ打ち解けてくれる、そういう事もあるのだ。
 そう言えば。
 時間と言えば、ライブは壊れた所を治すのに時間がかかってしまう、と言っていた。代替えでもどうにかしなければいけない。その口調はまるで、時間が無くて何かに急いでいるようにも聞こえる。
 私の考え過ぎだろうか?
 訊ねてみようと思ったけれど、余計な事を訊いて気を悪くさせたくないから、このまま黙っておく事にする。