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 予想外にお金を使わず買い物を済ませられたけれど、後味の悪さの残る酷く複雑な気分だった。お腹は少し空いていたけれど、何か買って食べようという気分にはならず、また通りを見回してもお店はどこも閉まっていたから、何を食べたいとかの想像力が働かなかった。捜せば一つくらいは開いている店もあると思うけれど、そこまでして食べたい訳でもない。私はこのまま素直に帰る事にした。
 本当にこの流行り病は、これまでとは違って症状が重くて危ないらしい。ライブが言っていた事はずっと半信半疑だったけれど、この町の惨状を目の当たりにしてはかなりの信憑性を帯びてきたと考えざるを得ない。このまま放っておいたら、本当にライブが言った通り町が全滅するくらい流行り病が蔓延するのかもしれない。だからライブをいち早く治して、ライブの乗ってきた船にある機械で病気を治す必要がある。だけど、本当に機械なんかでこれほどの病気が治せるのだろうか。確かにライブは普通ではない凄い事が出来るけれど、自分の想像の範疇を飛び出し過ぎていてあまり安心感が持てなかった。
 町を出た所で、ふとライブの船の事とこの間落ちた隕石の事を思い出した。特にこれと言った事件の無い町だったから、町中がこぞって大騒ぎした大事件である。隕石は北の峡谷に落ちたそうだけど、あれは実は隕石ではなくてライブの船だという。そうライブは言っていた。外から動かす事は出来ないそうだけど、念のため見ておきたいと私は思った。もしも本当に隕石ではなかったら、ライブの話の信憑性は確実な物になると思うからだ。それに、空を飛べるというライブの船が一体どんな形をしているのか、単純な興味本位の部分もある。
 北の峡谷は、町を出て最初の峠とは少し方角が異なる場所にある。峡谷に沿って山道が続き、足を踏み外したりすると真っ逆さまに落ちてしまって助からない、本当に危険な場所である。その分、あまり人も通らず荷馬車も避ける道のため山賊が出る事も少なく、いざという時の周り道にはなる。もっとも、このルートにすると次の峠まで遠回りさせられてしまうから家に着くのは夜遅くになってしまうし、月明かりも無いような真っ暗な夜ならうっかり足を踏み外す危険もある。好き好んで歩くような道ではないのだ。
 峡谷の入口まで来ると、数名の人影と柵が建てられているのが見えた。そこから先を通れないようにしているようである。一瞬山賊かと警戒したが、良く服装を見ればそれは憲兵の制服だった。
「お嬢ちゃん、どこへ行くんだい?」
「あの、お使いで家に帰る所ですけど……」
「そうか。でもね、ここは通れないんだ。領主様の命令で封鎖してるんだよ」
「封鎖?」
「そう。この間隕石が落ちただろう? あれが山道の真ん中で道を塞いでいてさ、まあどの道通り抜けられないんだけど。とにかく、領主様が誰も近づけちゃいけないと仰るんだ」
 この峡谷の道はただでさえ細いから、大きな岩が落ちてきただけでも歩けるスペースが無くなってしまう。ライブの船がどれくらいの大きさなのかは分からないけれど、多分道幅など優に越えているのだろう。
「隕石を見てみたいんですけど、駄目ですよね?」
「ああ、駄目駄目。僕達はそういう人が近付かないようにするためにいるんだから」
 やはり無理か。この分では反対側も封鎖されているだろうし、自力で見に行くのは相当難しいだろう。それに、そこまでリスクを冒す差し迫った理由も無い。
 ライブが治って船を動かせるようになったら、ライブに見易い所へ動かして貰って見られるだろう。見るのは別にその時で構わないだろう。
「ああ、そうそう。お嬢ちゃん、ちゃんと口元は覆っておくんだよ。僕達みたいに」
 そう言って憲兵さん達は、それぞれ口元を見せた。錦糸の鷲の刺繍が入った真っ白な布は、憲兵に支給されているネッカチーフである。鷲は確か領主の家門だ。正式な憲兵に昇格しないと身に着けられないそうだ。小さな男の子にとっては憧れの装具でもある。
「一応してますけど。どうしてですか?」
「今町じゃ当たり前のように蔓延してるけどさ、そもそも一番最初に発病したのって、前にこの先へ隕石の調査に行った連中なんだよ。もしかすると降ってきたのは隕石じゃなくて、悪魔か何かの祟りなんじゃないかってさ。この流行り病もその祟りなじゃないかって」
「祟り、ですか?」
「変な声が聞こえたとか、色々な光が見えたとか、そんな事をうなされながら口走ったらしい。まあ熱のせいだとは思うけどさ」
「憲兵さんは見た事があるんですか?」
「まさか。誰一人近づいちゃいないよ。ここの警備だって、危険手当てが出なきゃ引き受けないさ」
 直接見た訳ではないけれど、大の大人がこれだけ恐れるという事は、何かがあったのは間違いないようである。この先にはライブの船以外にも何か得体の知れないものがあるのだろうか。ライブも似たようなものかもしれないけれど、ライブは人を病気にして苦しめたりはしないし、私の事も助けてくれた。この先に何かが居たとしても、それはきっとライブとは全く違うものだろう。ライブとは正反対、ならばあまり関わり合いにはならない方がいい。
「まあ、とにかくそういう事から。別な道から帰りなさい」
「はい、分かりました。失礼します」
 最後に憲兵さんへ一礼して、私は来た道を引き換えした。取り敢えずこのまますぐ最初の峠に戻れるから、それからライブの所へ行ってもまだ夕方にはならない。ライブの所で少しゆっくりしてから家に帰ろう。今の出来事も、ライブはきっと知りたがるに違いない。
 実物は見れなかったから、あの青い光でライブに船の絵を描いて貰おうか。そんな事を思いながら歩いている途中だった。ふと私は、初めて町で流行り病の話を聞いた時を思い出した。あれは確か、隕石が落ちて本当にすぐの頃じゃなかっただろうか? それがさっきの話に出てきた調査に行った人達だとして、ならその隕石に乗っていたライブは果たして無関係なのだろうか?