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 北の峡谷から街道まで戻り、それから最初の峠へ入る。まだ日も高く足元もしっかり見えるから、実に歩きやすい道中だった。でも、まだ町からそれほど離れていない所なのに人気がまるで無いのがどうしても気になった。普段なら荷馬車が頻繁に行き来していて、私のように近隣から買い物に来ている人を見掛けても珍しくないのだが。この流行り病は既に町の中だけでは収まりきれないほど広がってしまっているのだろうか。
 峠を抜けると、珍しい幌馬車が止まっているのが目に留まった。真っ白な幌には鷲の家門が描かれている。峡谷とはまた別の憲兵さん達が来ているらしい。一体何をしているのだろうか、と私は近付いて行ってみた。
 作業をしているのは、制服の上着を脱ぎ口元はネッカチーフで覆った憲兵さんが三人。道端の一画を整地し、切り出した黒い石を積み上げていた。何かをモチーフにした彫刻のようだけれど、辛うじて四つ足動物と分かるくらいでお世辞にも上手いとは言えなかった。
「ん、何か用か?」
 土台を整えていた憲兵さんが私に気が付いて話し掛けてきた。
「何を建ててるのかなと思って」
「ああ、これか。領主様専属の占い師殿の命令さ。黒曜石で作った馬のいけにえを捧げれば、この病魔はたちどころに消え失せるんだと。占い師殿お手製の作品だって言うから、ありがたいもんだね」
「わあ、それじゃあきっと神様のお告げなんですね」
「そんな事あるかよ。こんなガラクタ、幾つ建てたって無駄さ。領主様も領主様だ。何でも占い師の言う通りに予算注ぎ込んでさ。どうせ使うなら、ちゃんと薬を用意して配った方が……あ、まあ今のは内緒な」
 子供相手に愚痴ってしまった事に、ばつのの悪そうに笑う憲兵さん。よほど領主やそのお抱えの占い師に対して不満があるようだ。
「とにかく、嬢ちゃんも病気なりたくなきゃあんまり町には近付くなよ。幾ら子供はかかりにくいって言ってもな」
 そして私は憲兵さん達に一礼し、その場を後にした。あんな下手な彫刻を憲兵さん達はあちこちに建てて回っているのだろうか。本当に流行り病に効くのかはともかく、領主の命令ではなくて占い師の命令でやらされるのが気に食わないのだろう。町でも占い師の悪口を言う人はいたから、よほど嫌われているに違いない。私は占いは好きなのだけれど。
 次の峠に入る途中から例の山道へ曲がる。道は良く気をつけていないと見逃してしまうような細さで、あれから全く変わっていない所を見るとこれを見付けたのは未だ私だけのようである。自分だけ、という優越感もそうだけれど、何よりライブの姿を私以外に見られたくないという事がある。一見ただの鉄の箱にしか見えないライブが喋り出すのを聞いたりしたら、きっと私以上に大騒ぎするはずだ。
『買い物は終わりましたか』
 ライブは朝来た時と同じ場所で相変わらず図案を描いていた。私にはまるで何が何か分からない図面なのだけど、これを理解させようとしているライブには苦笑いするしかない。どのみち、そうでなければライブを治す事は出来ないのだろうけれど。
「町は凄い人通りが減ってたよ。なんか、沢山病気で死んじゃったんだって。やっぱり、このままじゃライブの言う通りになるのかなあ」
『それを阻止するための手段です。頑張りましょう』
「そうそう、時間があったからライブの船を見に行こうとしたんだけどね、道が憲兵さんに塞がれちゃってた。でも、ライブが治れば大丈夫だよね? 船、動かせるんでしょ?」
『リモート操作は可能です。しかし、この星の文明レベルを考慮すれば、迂闊な飛行は避けるべきと思います。おのずから目立つ行為は望ましくありません』
「んん、そうなんだ。でも、ライブが乗って来た船はみたいなあ」
『資料映像なら視聴が可能です。御覧になりますか?』
「え、何何? 見れるの? 見たい!」
 すると、ライブから白い光線がひゅっと走った。それは図面を描く時の青く細いものではなくて、幅のある立体的な光だった。ガラス越しに差し込む日の光を横から覗いた時に似ている。でも、それよりもっと色が濃く力強い光だ。
「わっ、動いてる!」
 白い光が投影された先に、いきなり不思議な形状の乗り物らしいものが現れた。鉄で出来た大きな建物のようだけど、普通の家屋よりも明らかに形状が複雑である。船というよりお城の方が近いだろうか。それは自分から動き出して、滑らかな石畳の上から何かに持ち上げられるように浮かび上がった。ライブの出している光の中から出て来たりはしないのだけど、中の背景が動いていて、まるで飛んでいるように見えた。
『これは試作機の試験飛行の様子です。私の母船はこれと同型になります』
「ねえねえ、これ触っても平気?」
『これは映像ですので、実際に触る事は物理的に不可能です』
 そう言われたので、試しに掴んで見ようと手を伸ばしてみたが、確かにライブの言う通り手の平には何の感触も無く、ただ素通りするだけだった。この光の中だけにしか存在していないようである。だけど、動く光なんてどうやって作るのだろうか。私は首を傾げながら何度も光の中に手を潜らせた。
「良く分からないけど、こんなお城みたいな船にライブは乗って来たんだね」
『乗るという表現は正確ではありません。私は船の部品の一つ、管理システムにしか過ぎませんから』
 船とそれを管理する人とでどう違うのだろうか。ライブの言う事は良く分からなかったけれど、とりあえず私はそうだねと答えた。
『ところで、アイラ。私の船を見に行ったが道を塞がれて確認出来なかったのは間違いないですね?』
「うん、そうだけど。どうかした?」
『アイラが今の映像で城と表したのだから、隕石と見間違うのは直に見ていない人だけ、直に見た者が居れば隕石ではなく城が落ちてきたと噂するのが自然ではないかと思ったのです』
「道を塞いでいたのは領主様だから、領主様は隕石じゃないって知ってるのかなあ? でも、直接見たのは調査隊の人達だけらしいよ。戻って来たらすぐ病気になって、祟りだとか光がだとか言って死んじゃったそうだから、以降誰も近付かないんだって」
『そうですか。真偽はともかく、自ずと近付かないでくれるのであれば都合が良いです。下手に触られても困りますから』
「でも何だろうね、それ。まさかライブの船に釣られて悪霊が集まったのかな?」
『どの星系でも、そういった存在は認められていません。ただの恐怖のシンボルにしか過ぎません』
 そんなものなのかな。確かに、悪魔やら悪霊やらはいない方が私は嬉しいのだけれど。何と無く、ライブの断定が引っ掛かってならなかった。本当にそれだけなのか、と主語の無い疑問がぼんやりと頭の中を右往左往する。