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 市場のおじいさんはお使いと関係の無い物まで買い物袋へ詰めてくれたので、一旦中身を広げて義姉に渡す物と渡さない物を整理しなければならなかった。頼まれた物だけ渡して残った物を見てみると、干した猪肉や燻製魚のような保存の利く食べ物もあって、いつも固いパンばかり食べている私には嬉しかった。他にも蝋燭だとか塩だとか良く頼まれる物もあるから、これを部屋に取っておけばわざわざ買い物へ行かなくても良い場合もありそうである。
 また明日もライブの所へ行って、部品を治すのを手伝おう。そして早くライブに良くなって貰うのだ。そんな事を考えながら、その夜は床についた。
 翌朝、またいつものように母屋の勝手口へ来て待ったのだが、今朝は義母も義姉も一向に出て来る気配が無かった。私には冷たい二人だけれど、パンだけは必ずくれるのだが。まさか昨日色々食べ物を貰った事が知れたのかと思ったけれど、あの二人ならこんな遠回しに嫌がらせなどせず、真っ向から怒鳴り散らしてくる。
 まさか何かあったのだろうか。確認してみたかったけれど、勝手に家の中に入れば怒られるのは私である。仕方なく、私は
今日は諦めて部屋へ戻る事にした。まだ食べる物は残っているから、少なくとも今日は困る事は無い。
 朝食を済ませると、私はまたライブの所へ出掛けて行った。ライブは今朝も青い光を出して何か図面を考案していた。相変わらず複雑怪奇な内容で、私には見ているだけで目が回りそうである。
『おはよう、アイラ』
「おはよう、ライブ。今朝は良い天気だね」
『ええ。ですが、あまり良い事でもありません』
「どうして?」
『空気が乾燥し気温が上昇ると、感染地域が拡大しやすくなるからです』
 人も病気も同じで、天気が良ければ元気になって遠くへ出掛けたくなるのだろうか。そんな風に私は解釈した。
『アイラ、今日はこの部品の構築を行って貰います』
 ライブは再び青い光線で一つの図面を示した。それは手の平ほどの小さな一枚の板だったけれど、様々な形をした何やら細かい物が沢山乗っている。
「何か難しそう」
『全てをアイラが構築する訳ではありません。アイラにして貰うのはこの部分だけです』
 すると光の図面の板が何ヶ所か赤く光った。その部分を私がやるようである。
『これらの箇所は私では構築する事が出来ません。どうしてもアイラの手が必要になります』
「うん、それは分かってるよ。何とかやってみるね。じゃあ、まず初めには何をすればいい?」
『それでは部品を取り外します。また私のパネルを展開して下さい』
 以前もやったように、ライブの蓋を開けて中から色々と部品を取り出したりする。ライブの中は、ライブが青い光で描いている図面以上に複雑で細かい。そこから特定の何かを触ったりするのは緊張する作業だった。ライブの指示を何度も確認しながら慎重に進めて行き、ようやく一枚の黒い板を引き抜いた。板にはにび色の出っ張りや細い物が巻き付いていて、固く冷たい感触に比べてとてもグロテスクに見えた。良く見てみると、所々ぽっかりと何か欠けたような所や、繊維のような物が飛び出しているのが分かった。何と無く編みかけの手袋と同じような印象を受けた。
『それでは、右端のソケットに冷却モジュールを嵌め込みます。部品はトレイの上を見て下さい』
「えっと……何か似たようなのが沢山あるよ」
『ダークグレイの直方体です。名称が白で印刷されているはずです。つづりはこう』
 ライブが青い光を発して何かの記号のようなものを空中に羅列する。何と無くライブの星の言葉なのだろうかと思った。私には読めないけれど、何とか形を便りにそれらしい部品を見つけてライブに確認する。
『バイオケーブルの二番に、ミニリアクター、それからヒートスプレッダも』
「んと、ちょっと待ってね……」
 ライブの言う名称と実際の部品とは頭の中で繋がる事は無い。だから都度どんなものか確認しながらでないと、中々先には進め無かった。これが全部分かるようになれば、ライブはもっと早く治せるのだろうか。そう思ってしまう。
『そのケーブルは中央下のソケットに接続して下さい。いえ、その隣です。更にその隣に、このセレクトピンを』
「こんな感じかな……」
『ええ、それで大丈夫です』
 そういった調子で進め、昼過ぎになる頃には目的の部品は見事に出来上がった。あまりに細かい部分を見つめ過ぎて目が疲れたけれど、何とも言えない達成感がある。ライブには出来ない事を手伝ったのだから、それだけでも嬉しいのだ。
『では、部品をサーキットへ。誘導灯の所へ差し込んで下さい』
「うん、分かった。よっ……こうかな?」
『よろしいです。では、蓋を閉じて下さい』
 出来たばかりの部品をライブの中へ収める。ライブは早速出来を確認しているのか、微かに振動しながら黙りこくった。何と無くそれに合わせないといけないような気がして、私も同じように黙り込む。
『チェック完了……問題はありませんね。出力も十分です』
「じゃあ、もう船を動かせるの?」
『いえ、それはまだです。この部品のパフォーマンスを最大限に引き出せるようシステムを作りませんと』
「そっか。私も作るの手伝うね」
『いえ、システムとは情報体であって実体はありません。私が自分の内部に構築するものです』
「でも、中に組み立てるんでしょ?」
『論理的な物です。アイラの行った作業とは質が違います』
 まだ何か作らないといけないらしいけど、それは私では手伝えないようだ。ようやく組み立てのコツが掴めて来てこれからという時に、実に残念である。
 その日は夕方までライブと雑談をして家に帰った。ライブはそうやって話している間も、システムという部品を組み立てているそうだった。その割に全く音がしなかったのは、私では出来ないほど小さな部品なのかもしれない。
 家に帰ると、念のため母屋の勝手口近辺から中の様子を窺った。けれど明かりも無ければ人の気配も無く、朝と同様にしんと静まりかえったままだった。
 まさか二人とも風邪を引いたのだろうか? そんな事を考えながら自分の寝床へ戻り、市場で貰った食料を少し夕食に食べてから眠った。