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『私は領主との面会を希望します。今、領主の命令により、私の船が攻撃を受けています。それを即刻中止するよう要請したいのです』
「はあ……」
『それでは取り次いで頂けませんか?』
「ちょ、ちょっと待て」
 にわかに門番達は集まり、この状況について相談を始めた。喋る箱など有り得ないと慌てているようだが、その説明が出来ず困っている様子だった。
 ライブは確かにこの星には存在しない物である。けれど、私は初めてライブを見た時、ここまで慌てはしなかった。大人の方が現実離れした物に対して冷静になれないのだろうか。あわてふためく門番達の姿にそう思った。
「とにかくだ、見ず知らずの者を領主様に会わせる訳にはいかん。第一、お前らのような魔術師崩れは何人も来たし、結局一人も解決出来なかったんだ。会わせるだけ時間の無駄というものだ」
『私の提案する対策はそういった非科学的なものではありません』
「カガク……? なんだそれは」
『知識と経験の集合体です。科学を用いた方法により目的の達成を目指す事が最も合理的と考えます。街道に彫像を建てて疾病の回復を念ずるような行為とは違い、私の提案には根拠があります』
「医者か何かなのか?」
『同じ分野の一つとも言えます』
「一体何を言ってるのかさっぱりだな……」
 ライブの言葉や考え方が理解出来ずに眉を潜め首を傾げるばかりの門番。私も最初はあんな顔ばかりしていた。違う星から来た者との会話は、言葉が通じても内容が理解し難い。それだけ考え方や文化が違うのだ。
 そんな門番とライブが押し問答を繰り返していた時だった。不意に正門の閂が外されると、ごりごりと重苦しい音を立てて内側から開かれた。門番達は慌てて振り返り中を確認する。直後、急に畏まって背筋を伸ばし一斉に敬礼した。誰か偉い人が現れたのだろうか。私はライブを抱き直して一歩後退る。
「何をやっているか? さっきから騒がしい」
 門の中から現れたのは、門番達と似た制服を着た白い髭を蓄えている老人だった。けれど体格は逞しく、二周りも歳が若そうな門番より腕は太く肩幅も広かった。制服に錦糸のマークが縫い付けてあるのを見る所、おそらく彼らの上司、隊長辺りなのだろう。
「はっ、不審な娘が領主殿に謁見したいと言うので尋問をしていた所であります」
「ふむ、あれか」
 老隊長はにこりともせず、憮然とした表情で視線をこちらへ向けながら近付いて来る。見下ろすような背の高さのせいか、それだけで酷く威圧感を感じる。私は恐る恐る顔を上げて息を飲んだ。
「娘、我が主に何用じゃ」
「あ、あの、船の攻撃を、その」
 威圧感に負けて声が吃ってしまう。今まであまり目立たないように生きてきただけに、なんて大変な状況に首を突っ込んでしまったのだろうと、また気持ちがくじけそうになる。私は何とか自分を奮い立たせて、ライブを改めてしっかりと持ち直した。
「あの、領主様にお願いがあって来ました。こちらのお話を聞いて欲しいのです」
「こちら? その箱がどうした」
「きっと流行り病を治せると思うのです」
 この箱がどうやって? そう言いたげに老隊長はライブを見つめ、作りを確かめるように天板をノックする。
『初めまして。あなたが取り次ぎ役ですか?』
 突然聞こえて来たライブの声に、老隊長はぎょっとした表情で後退った。
「今の声はお前か?」
「いえ、私ではなく、これです」
『驚かせて申し訳ありません。ですが、今は私の構造を説明する時間がありません。何とか領主に面会を取り次いで貰えませんか?』
「それをして何とする?」
『私の船に対する攻撃を止めて頂きたいのです』
「船だと?」
『北の渓谷に墜落した飛来物です。あれが隕石では無い事ぐらいは伝わっておりませんか?』
「むう……」
 老隊長は腕組みをし、何やら難しい表情を浮かべて考え込み始めた。何となくその態度から、この人は墜落したのが隕石ではない事を知っているのではないかと思った。普通に考えたら、空から船が降って来たなどと言われたら、笑うか怒るかのどっちかしかないはずだ。
 しばらく老隊長は考え込んだ後、おもむろにライブへ向き直り口を開いた。
「おい、お前。あれとお前が関係あると証明出来るか?」
『説得力のある資料の提示は出来ます』
「そうか。よし、分かった。おい誰か、領主殿へ連絡し謁見の手筈を整えろ!」
 老隊長は振り向くやいなや、その場にいた門番達にそう指示を飛ばした。
「えっ!? まさか、こいつらを入れさせるんですか?」
「そうだ。責任は俺が取る。分かったら、さっさと動かんか!」
 老隊長の激に全員が慌てて背筋を伸ばして敬礼すると、あっという間に散り散りになって屋敷の中や外へ駆けて行った。
「中は俺が案内する。ただし、俺の指示には最優先で従って貰うぞ」
『了解しました。お心づかい、感謝します』
 相変わらず表情が固く怖い老隊長、私もライブに続いて分かったと何度も頷き返した。さすがに、もしも従わなかったらどうなるのか、とは訊ねなかった。腰に下がった厚く大きな剣が、何よりも分かりやすい解答だからだ。