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 領主様の屋敷へ入るなど生まれて初めての事で、目に入る物がなにもかも珍しくて、ずっときょろきょろとよそ見をしながら歩いていた。先導は老隊長、私の後ろには若いが同じくらいがっしりとした体格の衛士がぴったりとついている。この警戒は私ではなくライブに対しての物だと思う。ライブを単なる不思議な箱と見ているのではなく、何か得体の知れないものだと思っているのだろう。ライブの船の事を知っているから、この警戒ぶりなのだろうか。
「ここだ、入れ」
 私達が通されたのは、広い応接室だった。奥にある立派な椅子は領主様の席なのだろう。その近くにも出入口があり、そこは領主様用の通路だと思う。部屋の真ん中には樫で作られた長テーブル、その端に地味な椅子が一つ置かれている。領主様と随分距離があると思ったけれど、貴族と平民とではこれが普通なのだろう。
「領主殿は直にお見えになる。しばし待て」
 椅子を促され、私は一礼しライブをテーブルへ置いて腰を下ろした。入って来た扉の前には衛士が、テーブルのすぐ側には老隊長がそれぞれ立った。それはまるで私を逃がさないように立ち塞がっているように見える。つくづく、私は大変な所へ来たのだと思い知らされた。
 重苦しい雰囲気のまましばらく待っていると、突然奥の方の扉が開いた。領主様がいらっしゃったと慌てて立ち上がり姿勢を正す。けれど、
「全く、何を考えておるのか。この大変な時にどこの馬の骨とも知らぬ子供を謁見させようなどと。領主様への忠義が足りないのではないのか?」
 いきなり老隊長を罵倒したのは、背の小さな中年の男だった。領主様は代替えしたばかりでまだ若いはずだから、多分噂の占い師ではないかと思った。
「そこは領主殿の通路である。そちらこそ不敬だぞ」
「フン、衛兵風情が何を偉そうに」
 部外者の前でも構わず露骨な険悪さを見せるところ、二人の中は相当悪いようである。ただ、占い師の方が多少立場が上のようで、このように居丈高に振る舞うのだろう。
「これから領主殿の謁見である。無用の者は下がられよ」
「何を言うか。私は不届き者が領主様にお目通りしては困るから、あらかじめ確認に来たのだ。おい、そこの娘。お前がそうだな」
 突然占い師に話を振られ、私は慌てて背筋を伸ばす。
「は、はい。アイラと言います」
「名前なんぞ訊いてはおらん。で、何をしに来たのだ? 領主様は非常に多忙な方であるから、つまらん事に時間は割かせられんぞ」
「その、領主様とお話をしたいのは私ではなくて、こちらなんです」
「こちらだと?」
 私がそっと示したテーブルの上のライブに、占い師は眉間に皺を寄せた良くない人相でじっと見つめた。
「なんだ、ただの鉄の箱ではないか。火薬でも詰めておるのか? まさか、領主様のお命を狙っているのではあるまいな」
「不用意な事を言われては困りますな。まるで我々が何か企んで招き入れたように聞こえますぞ」
 蔑むような目付きで私とライブを交互に睨む占い師を、老隊長が制止するかのようにじろりと睨んだ。占い師は多少気圧されたようで一歩下がったが、露骨に舌打ちして見せたりと威勢の良さは変わらなかった。
『よろしいでしょうか?』
 険悪な二人のやり取りの間を見計らっていたのか、そこでようやくライブが話し始めた。
「うお、喋った? ははあ、またつまらんトリックでも使ってるな」
『私の音声についてでしょうか? トリックという表現は適切ではありません。機能として実装されたものですから』
「どこの言葉だ? 良く分からんが、そうやって煙に巻いて領主様を謀るつもりであろう」
「いえ、違います。これはトリックとかそういうのではないんです。ライブは自分で物事を考えたり喋ったりしているんです」
『その通りです。私は自律的に行動出来るよう設計されています』
「自分で喋る……?」
 占い師は訝しげにライブをじろじろと見回しながら、時折持ち上げたりして何か仕掛けがあるのではないかと確かめる。私が鉄の箱に仕掛けをして喋っているように見せていると思っているようである。けれどライブの表面には、細かい傷はあるものの、穴や線など何一つ出ているものは無い。
 やがて思い付くだけ確かめた占い師は突如猛然とした態度に変わりライブを指差した。
「なんと邪悪な! さては外法で死霊を詰めているな!」
『科学的に霊魂の存在は観測されていません。よって、そのようなものは存在しません。観測出来ない物を詰めるのは、物理的に不可能です』
「うるさい、黙れ! そこのジジイは騙せても、この私は騙せんぞ! 領主様に祟らぬよう、お前も北の渓谷に落としてやる!」
「いい加減にしろ、それを決めるのはお前ではなく領主殿だぞ」
「お前こそ、屋敷にこのような不浄な物を招き入れるなど言語道断だ! 責任を取って今すぐ出て行け!」
 またしても衝突する二人。この諍いの原因を作ったのは自分にあると思うと些か申し訳なかったが、これだけ仲が悪ければ別に何が理由であってもすぐ喧嘩になるのではないだろうか。
 そんな二人が言い合いを始めたその時、奥の領主様のための入口のドアが静かに開いた。まず現れたのは槍を持った兵士で、彼は領主様の椅子の向かって右へ立った。室内なのに顔の見えない全身鎧を着ているのは儀礼用か、もしくは護衛のためなのだろう。
「ユグ、何を騒いでいるのです。また何か起こったのですか?」
 続いて現れたのは若い青年だった。見るからに仕立ての良い服を着こなし、何気ない仕種にも気品が感じられる。言い合いをしている二人へかけた言葉は優しげな口調だけれど、どこか虚勢を張っているような自信の無さが感じられた。二人とも自分の臣下のはずなのに、まるでそうではないような口調である。
 青年に気付くなり、老隊長と占い師はぴたりと言い合いを止めて彼の方へ向き直り片膝をつく。その畏まった様子に自分もただ立っていてはいけないと思い、両膝を床へついた。考えてみたら、自分はこういった場での作法は一つも知らないのだ。