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「何だと? 私は先代より長年に渡って仕えているのだぞ。家臣の中でも信頼も最も厚いのは言うまでもなく、その私が若君を支えるのは当然であろう」
『領主の代理として振る舞う権利もあると?』
「当然だ。先代は私に後を頼むと言い残されたのだからな」
『それでは、今後は如何にするのかプランはあるのでしょうか? 感染地域は今も拡大していますが。病死した死体の処分もままなっていないようですね』
「むっ、それはだな、今に私の祈りが天に通ずる時が来る。そうすればたちどころに病は消え去るのだ」
『その根拠は? 前例はどれだけありますか? 天に通ずるとは、どういった状態を指すのです? 天の定義はそもそも何ですか?』
「いちいちごちゃごちゃとうるさい。お前のような悪霊に何が分かるというのだ」
『あなたの行動は単なる宗教活動です。宗教そのものは否定しませんが、現在の問題に対する対応としては非常に不適切です。これまであなたの行為により成果は得られましたか?』
「そ、それは、まだだが……しかしそれは、不信心者が居るからであって」
『では、私はその不信心者もまとめて救済する手段を提案します』
 不信心者もまとめて救済する。その言葉がよほど効いたのだろうか、ここに来てユグが動揺をあらわにした。そこを逃さず、ライブは更に言葉を続ける。
『私は根拠の無い手段は提案しません。まずは私の話を聞いて頂きたい。自ら選択肢を狭める必要はありません。私の話は取り得る手段の一つとして、その上でどう行動するのか判断して下さい。宜しいですね?』
 そう語り掛けるような口調に、こくりと頷いたのはユグではなく領主様だった。恐る恐るではあるが、不思議とライブに乗せられてしまったような仕種だった。今の会話の中に、何か思う所のある言葉があったのだろうか。
『それではまず、お名前を聞かせて頂けますか?』
「待て、貴様! 領主様に名前を訊ねるなど、なんと無礼な! 平民が許可無く御名を口にするのは不敬罪だぞ!」
「良い、ユグ」
 また噛み付く所を見付けたとばかりに、途端に勢いを取り戻したユグ。けれど、それを制したのは意外にも領主様だった。今までずっと状況を見ているだけで、ユグの返答にしか口を開かなかったのだが。ここに来て何か変わったのだろうか、初めて自ら口を開いた。
「父上は、誰の声にも耳を傾けよ、とおっしゃっていた。私は、その鉄の箱の話を聞いてみたい」
「何を馬鹿な! あやつは悪霊ですぞ! 呪いをかけるに違いありません!」
「どの道、今のままでは病にかかって死ぬのであろう? 呪いなど、何の問題があるか」
 そこまで早口にまくしたて、最後に領主様は肘置きを握り拳でどんっと強く叩いた。領主様は顔色が悪く、ここから分かるほど冷や汗が滲み出ている。強い態度を取ってはいるけれど、酷く不安で怯えているようにも感じた。一方でユグは、今までこれほど強い態度に出られた事が無かったのだろう、領主様の豹変した態度に動揺を強めていた。
「し、しかしですね、若にもしもの事があれば、私はですね」
「ユグ殿、領主殿の言葉が聞こえなかったのか。まさか主命に従えないと言うのではあるまいな?」
 更にボドワンに追い打ちをかけられ、ユグは仕方ないと頭を垂れると、すごすごと部屋の隅へと引き下がった。
「私は忠臣ですから、領主様には逆らいませぬ。されど、お主らが領主様に謀を仕掛けぬか、しっかりと見張らせて頂きますぞ」
 そう吐き捨てて腕を組んだユグは、見るからに負け惜しみを言っているようにしか見えなかった。あれだけ我が物顔で振る舞っていたユグも、領主様の命令だと言われたらさすがに従わないと立場が無くなるようである。けれど、じろじろとライブと私へ交互に注がれる鋭い視線は首筋に絡み付いてくるようで、何だか息苦しくて居心地が悪かった。
「さて、鉄の箱。私はお前を何と呼べばいい?」
『私には固有名称はありません。アクイラシリーズの開発コードLive、それがあるだけです。そこの娘、アイラは私をライブと呼びますので、それが宜しいかと』
「そうか。ではライブ、私の名はデュオニールだ。お前の話を聞かせて貰いたい。本当に、本当に皆を助けられるのだな? 嘘偽りは無いのだな?」
『はい、可能です』
『この流行り病の治療手段についてですが、まず初めに私の身の上について語らなくてはいけません。この流行り病の発生について、私は深く関わっているからです』
 最初から予想外な言葉が飛び出し、誰かが小さく驚きの声を漏らした。領主様も、一瞬何か聞き違えたかと表情が固まる。
「関わっているとはどういう事だ?」
『私はこの星で製造された存在ではありません。ここより遥か離れた星系で誕生しました。天文学は未発達でしょうから、理解し難い場合は星を国と置き換えて下さい。ともかく、私はここから遠く離れた星で作られ、そして船によってやってきました。ですがこの町の近くへ墜落、今は私と船は分断された格好になります』
「墜落とは、もしや北の渓谷の事か? 隕石ではない、鉄で出来た得体の知れないものが落ちてきたのだったな、ボドワン?」
「ええ、その通りです。部下を調査に向かわせたのですが、いずれもこの病で亡くなりました」
『それが私の船です。船内には幾つかの医療機器が設置されています。その内の一つに、この病を除去する機能を持った物があります。私の提案は、この装置を使用することで病原体を消滅させる事です。そのためにはまず、北の峡谷の封鎖を解き、船に対する攻撃を止めて頂きたいのです』
「待て、少し話が理解出来ない。あの落下物は、お前が乗って来た船なのか? その遠く離れた所から来たという」
『はい。墜落の際に、私だけを切り離したのです。自己保全のための脱出と考えて下さい』
「その船の中には流行り病を治す薬があるのか?」
『いいえ、薬ではなく機械です。この病原体にのみ反応する放射線を発する事で根絶する事が可能です』
「機械などで病が治るというのか? 薬も飲まずに?」
『その通りです。その機械は元々、駆除用として病原体とセットで開発されました。広範囲での使用を想定しているため、薬品で除去するより効率が良いのです』
 その時、老隊長ボドワンがおやと小首を傾げた。そして少しずつ眉間に皺が寄り、表情が険しくなっていく。多分、今のライブの言葉に気付いたのだと思う。私は、その事で急に警戒されやしないかと不安になりながら行方を見守った。