BACK

 馬車の外の景色はやがて北の峡谷へと移る。前に止められた封鎖地点もあらかじめ連絡を行っていたためか、特に止められる事もなく通過した。
 私はまだライブの船を実物で見た事は無い。前にライブが動く絵で見せてくれただけだ。いよいよ実物が見られるのだと期待が膨らむ反面、それが嘘だったらどうしようとか、本当であっても流行り病が治せなかったらどうしようとか、少しだけ不安がある。ライブの事を信じているつもりでも、やはりあの話を聞かされた後では、少なからずそういう目を持ってしまう。ライブは私達と同じように話せるけれど、考え方が根本的に違っている。その違和感が不信感にどうしても繋がり易い。
「ボドワン、後どれくらいだ?」
「もう間もなくです。この辺りの景色は覚えがありますから」
 そうボドワンが答えたその時だった。突然耳に突き刺さるような大きな爆発音が鳴り響いた。突然の事で馬が驚いたのか、馬車は軽く横滑りしながら急停車する。
「こらっ! 何をしている御者! 領主様が乗っておられるのだぞ!?」
 ここぞとばかりにユグが窓から上半身を乗り出し、御者を怒鳴り付ける。何も御者のせいにしなくてもいいのにと私は思った。
「領主殿、御無事ですか?」
「ああ、大事無い。それよりも今のは火薬か? 我が方に、あのような火薬壷は無いと思ったが」
「おそらく、首都の皇帝騎士団から払い下げられた旧型の爆弾だと思います。先代が蛮族の牽制用に購入したのですが、威力が高い割に爆発範囲が安定しないとか、厄介な物らしいです」
「私は使用を許可した覚えはないぞ」
「私もです」
 すると二人の視線は得意げに怒鳴っていたユグへ集まった。人の視線には敏感なのか、何も言わずともユグはすぐに振り返り、そして二人の怪訝な様子に気付いた。
「ユグ、私に無断で危険な爆弾を使わせたな?」
「な、何を言われますか。あれは病魔の根源だから、如何なる手段を使ってでも追い払いましょうと申し上げたではありませんか。同意して下さったのは、てっきりそういう意味かと」
「それでも何故確認をしなかった? そもそもあれは、ボドワンの管轄だぞ」
「し、仕方がないのですよ。あれぐらい派手な物を使わねば、皆の不安が消えませぬ」
 ユグは自分のやり方ではいつまでも人々の不安を抑え切れない自覚があったのだろう。勝手な行動に出たのは多分、ボドワンが許可しないか、ボドワンに手柄を取られると思ったか、もしくはその両方だろう。確かに大掛かりな事をやって見せれば、何となく流行り病が消えそうで安心すると思う。でもライブの言う通り、根拠の無い無意味な行動である。そういう曖昧な事で流行り病は無くせないのだ。
『これは……いけません』
 ユグとボドワンが言い合う中、不意にライブが呟いた。
「どうしたの?」
『バランサーが異状を感知しています。これはもしかすると落下しているのかもしれません』
「な、何っ? 大丈夫なのか?」
 異状と落下という言葉に反応した領主様が、身を乗り出してライブに問いかける。ユグとボドワンも何事かと言い合いを止めて耳を傾けた。
『……コネクトロスト。通信が途絶えました』
「通信とは、お前は船と連絡を取れるのか?」
『電波を用いた信号のやり取りです。通常、私は自分の母船に対して、通信により遠隔制御を行う事が出来ます。今は通信モジュールの破損のため、制御範囲の狭い予備のモジュールを使用していました。しかし、こちらの通信も反応を無くしてしまったのです』
「それはつまり、どういう事だ?」
『予定の変更が必要になりそうです。直接接続による再起動を試みる予定でしたが、谷底へ滑落したのであれば、まず状況の再確認と講じられる手段を練らなければならないでしょう』
 これは連絡が遅すぎたという事だろうか? 何らかの間違いであって欲しい。そんな重苦しい空気が車内を包み込んだ。
 誰も口を開かなくなったのは、ライブが現実的な意見を容赦無く返して来て、あって欲しくない状況が起こる事が見えてしまうからだと思う。私もライブの船が本当に落ちてしまったのか訊きたかったけれど、通信が回復したとライブは言わないのだから、船は間違いなく落ちてしまったと答えられると思い、とても訊けなかった。
「着きました」
 やがて馬車が止まり、ボドワンが馬車のドアを開ける。下りてすぐ、十数名の憲兵さん達が左右に並んで一斉に敬礼した。その先に見えるのは大きな大きな地面の窪み。そしてまだ周囲には火薬の臭いが漂っていた。
「ここなのか、ボドワン?」
「はい、そのはずですが……。お前達、ここにあったものはどうなった?」
「ハッ、ユグ殿の御指示通り、谷底へ落としました」
「何っ……!」
 突然領主様は飛び出すと、道の脇の崖際の端に立って下を見下ろした。しかしそれでは良く見えなかったのか、今度は地面に腹這いになって、更に身を乗り出しながら崖下を眺め始める。
「若っ、そのような事をされては危のうございますぞ」
「見えんぞ……」
「若?」
「おい、ライブの船とやらが見えぬではないか! 本当に落としてしまったのか!?」
 立ち上がり、振り向き様に憲兵さん達を怒鳴り付ける領主様。皆は敬礼したまま視線を上に反らして、領主様と視線が合わないようにしている。
「連絡が一歩遅かったようですな」
「そんなもの見れば分かる! ああ、何と言う事だ……」
 一変し、力無くその場に座り込む領主様。まるで花が寿命を迎えて萎むような仕種だった。それをユグが半笑いでなだめようとするが、左手だけで適当にあしらわれてしまった。自分の立場が悪くなって困った、とでも言いたそうなユグの態度に、少しだけ苛立ちを覚える。
 今の一連の事に、事情を良く知らない憲兵さん達は不安げにざわめき始めた。命令に従っただけというのが大半の言い分だけれど、その命令の出所がユグで、それに対し領主様が落胆されている姿に驚いているのだろう。ここにあったものがライブの船で、流行り病を治す機械が積んである事は私達しか知らない。だから領主様の落胆が理解出来ないのだ。