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 ライブの言う通りにやっていれば何とかなると思っていた領主様は、話の腰を折られて少し眉をひそめた。私も、ライブの言う通りに作業手順を踏めば大丈夫なはずから、どうしてそんな事を知りたがるのかと疑問に思った。多分、薬の専門家だから、気にせずにはいられないだけなのだろうけれど。
『熱を加えたり際に、金属にかかる膨張しようとする力とそれに抵抗する力が拮抗して生まれる圧力を利用する事です。この星にはまだ存在していない技術です。無力化剤の結晶化にはこれが不可欠です。その工程については簡単に説明をいたします。そもそも、私が皆さんに御足労願ったのは、これに関連する事ですから』
 そう答え、ライブは青い光線をちらつかせると、また異なる絵を映し出した。
 ライブが限られた一部に話しておかなければならない事、それは今の薬の使い方の事ではなかったのだろうか。しかも、これからの作業工程に影響するなんて、一体どういう事なのだろうか。ともかく、私はライブの映す絵をじっと見つめた。
『無力化剤を結晶にする理由は、薬効成分が極めて衝撃に弱いことにあります。瓶に入れた水溶液でも、軽く振っただけで成分が喪失してしまうのです。その後の研究で、粉状のものに吸着させると損失を大きく抑えられる特徴があることが発見されました。しかし、これには別の欠点があったのです』
 ライブの映す絵は、茶色の半透明な瓶に入った液体を振るところから、人間が大量の白い粉へ染み渡らせて練っているところに変わった。そして更に移り変わり次に出て来たのは、真っ黒に変色した生地の塊だった。
『これは生地状に加工したものを常温で一時間放置したものです。この通り変色していますが、変質しているのは外観だけではなく薬効成分そのものまでが変質し、服用すると人体に悪影響を及ぼすようになるとレポートが出ています。原因は酸素に触れ一部の成分が揮発したか変質したかによるものとされています。液状では衝撃に弱く、ペースト状では酸素に弱い。そこで、これらの欠点を解決する方法として開発されたのが、薬効成分の結晶化です』
「ライブよ、時折その結晶化という言葉を聞くが、それはあの石のように固める事なのか?」
『厳密には違います。定義は幾つかありますが、今回の場合は金属粉を石のような形に作り変え、その際に中へ薬効成分を混ぜ合わせて固定するというものです。結晶化の利点は多いのですが、中でも最大の欠点とされた衝撃への弱さと酸素との反応がほぼ克服出来たのは非常に大きいです』
「水溶液でも効果はあるのだろう? それでは良くないのか?」
『この星では輸送手段の選択が非常に限られています。少量ならともかく、大量の無効化剤が必要な以上、揺らさず速やかに運ぶ事は不可能です』
「生地にするのも同様か。一番早い馬車を使ったとしても、一時間では近隣以外は不可能だ」
『せめて冷凍技術があれば良かったのですが。ともかく、これで結晶化しなければいけない理由はお分かりになられたかと思います。それで肝心の結晶化についてですが』
 またライブの絵が切り替わった。今度は、一面が真っ白な建物の中のようだった。そこにいる人達も同様に、真っ白な服を着込んでいる。
『これは私の星の製造工場の一場面です。右上を見て下さい。銀色の円筒状の物体があると思います。これは反応炉と呼ばれるものです』
「反応炉?」
『中へ納めた物質に電気的に圧力をかけるものです。この無力化剤の合成には、本来この設備が必要なのです』
「待て、あのようなものは我が国には無いぞ?」
『承知しています。結晶化の反応を起こすには大量のエネルギーが必要で、それを行うのが反応炉です。つまりこれと同様のエネルギーを加える事が出来れば、この炉は無くても問題はないのです』
「良くは分からんが、ともかく代替品があるのであればすぐに用意させよう。それで、反応とやらを起こすのにどれくらい必要なのだ?」
『総量で一ギガジュールのエネルギーです』
「ギガジュールとは何だ? ライブの国の言葉なのか?」
『落雷一回分とほぼ同等、と言えば想像出来るでしょうか。瞬間的に必要という訳ではありませんが、その程度のエネルギーが無ければ必要な圧が発生させられません』
「落雷? まさかあの、雷の事を言っておるのか?」
『はい。気象の雷です』
「それが調合に必要だと?」
『その通りです』
 あまりの言葉に、どよめきが走る。
 薬を作るのに金属や鉱石を使っているだけでも信じ難い工程だったのに、その上落雷が必要など、とても尋常とは思えないからだ。雷とは当たらないように祈るもので、それを何かに利用するなどまともな発想ではない。
「冗談ではない! 幾らなんでもそれは無理だ!」
「いや、避雷針を立ててやれば何とかならないか?」
「そもそも今は乾期だ。雨すらろくに降らないんだぞ」
 一番の問題はそこである。今は雨がほとんど降らない時期だから、雷そのものが起こらないのだ。仮に雷が起きたとしても、都合良く降ってくる可能性は更に低い。雷を利用するなんて、それだけ現実離れした事なのだ。
「ライブ、聞いての通りだ。お前の国では知らぬが、ここでは雷などそうそう来るものではない。幾ら私でも、雷までは用意出来ん」
『乾期である事は調査済みです。私は初めからこれらの気候条件を把握した上で提案したのですから』
「言っている意味が良く分からんな。雷が起きないのを知っているのに、雷が必要な方法を出したというのか? それでは道理に合わぬではないか。それとも、お前が雷を呼ぶとでも言うのか?」
『いいえ、私単体に天候を操作する機能はありません。ですが、同等のエネルギーを発生させる方法があります』
「それは何だ?」
『私の使用しているバッテリーです』