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 特別快速を降りたその駅は、如何にも最近建て直されたと言わんばかりの真新しさが光っていた。素朴さの演出か内装はやたら木にこだわっており、全体的に暖色系の色彩が強調されている。そのデザインは昔ながらの趣があって非常に良いと思うのだけれど、同じ室内に無造作に立体ディスプレイやフリー端末などを設置しているせいで、せっかくの雰囲気が損なわれてしまっている。こういう所では、文明の利器は出来るだけ控えるべきである。もっとも、こういうものは野暮な都会人が要求して付けさせた、というのが相場だろう。
 地元の歴史資料やお土産等、駅の中は思わず足を止めたくなるものが多かった。そして、そこには思っていたよりも大勢の観光客が群がっており、俺も少し立ち寄りたかったのだがそれはとても容易ではなさそうだった。家族連れや団体客などとばらついた顔触れではあるが、共通しているのは地元訛りが一切無いという点だ。おそらく、ここが今話題の何かなどと聞き付けて、連休を利用しやってきたのだろう。俺達と同じだ。
「なあなあ、あれ。蜂蜜シャーベットだって。食べてみないか?」
「もう、宿の送迎の方が電車の時間に合わせて来ると言ったじゃないですか。そんな時間はありませんよ」
「分かったよ、それじゃ帰りにな?」
「そんなに冷たい物ばかり食べて、お腹を壊してしまいますよ」
「今時腹を壊すなんて、ナノマシンアレルギーの懐古派だけだよ」
 名物の幟旗と軽く十人以上は並んでいる列を尻目に、淡々と先を急ぐキョウコに連れられて駅の出口へと向かう。そんなに時間に余裕が無いのか、随分とキョウコは早足で急いでいる。もっとも、荷物を抱えていてもまだ俺の方が足が早く、後についていくのはさほど苦ではなかった。普段はあまり気にしない体格差は、こういう時になって出てくるものだ。
 さっきもそうだったように、キョウコにはいつも注意されるのだが、俺はああいった冷たいものが大好きで、特に目新しいものは必ずチェックする。けれど、冷静に考えれば、今更全く新しいアイスなど出来ようがないのだ。味も香りも全て機械で分析出来るのだし、人間が心地好いと感じるパターンも粗方出尽くしているそうだ。こんな田舎駅の売店で売っているようなアイスに新鮮な感動など起こるはずはないが、やはりみんな機械で調整したものよりも、多少難のある自然なものの方が好きなのだろうか。
 改札を抜けると、すぐ目の前が駅の待合室兼出入り口になっていた。そこでは、数名のそれぞれはっぴやらホワイトボードを持った者が、改札を通ってくる人を待ち構えていた。それぞれの温泉宿の出迎えだろうか。空港のゲートでも似たような光景を見たことがある。
「えーと……あ、イサオさん。あの方のようです」
「あー、ああ、もしかしてあれか? 良く見えたなあ」
「私、視力は良いのです」
 キョウコが示したのは、駅の出入口近くで手書きのボードを構えた中年の男だった。言われてみると、確かにボードには予約したキョウコの名前が書かれているのだが、ここからではまともには読めないほどの距離があり、普通に探してはとても気付けない。俺もナノマシンを相当入れている方だが、まだ視力は並程度しかないようだ。
 こちらから宿の送迎役の所へ向かうと、それでようやく相手も俺達が予約した客だと気付き、まずは仰々しい一礼からの挨拶が始まった。
「遠くからようこそいらっしゃいました。さあさあ、どうぞ。あちらに送迎車を用意して御座いますので。さ、旦那様は御荷物をどうぞ」
「旦那様?」
「はい。遠慮なさらず、御荷物は私がお持ちします」
 そう言って送迎役の男は、人の良さそうな笑顔の割に強引に俺からカバンを取って担ぎ始めた。荷物運びは言われるまでもなく自分の仕事、とでも言わんばかりの態度である。
「送迎車はあちらです。このまま私の後にお続き下さい」
 男はずんぐりとした体格から意外な腕力を発揮し、軽々と荷物を持ったまま決して早すぎない足取りで歩き始める。多分、筋肉にナノマシンを注入しているのだろう。筋肉自体を強化するような事は出来ないものの、代謝を速める事で筋トレの効率が非常に高まるという話を聞いたことがある。また、特にトレーニングをしなくとも筋肉が極端に疲れなくなるそうだ。だから体を使った仕事をする人達の間では、今でも非常に流行っているタイプのナノマシンだ。
 俺達も送迎役の男の後に遅れず続く。駅を出ると、そこら中に温泉宿の呼び込みがひしめいて、出て来る客に片っ端から熱のこもった声をかけていた。その中を率先して掻き分けて道を作る送迎役の男の足取りは実に軽く、しかも荷物を抱えた上でこちらの歩調を気にかける程の余裕があるのは流石だと思う。このサービスの熱の入り様、この大勢の呼び込みから察するに、温泉宿がブームになったおかげで客の取り合いが発生し、競争が激化したのだろうと想像する。けれど、本当にブームならば、わざわざ営業をしなくとも客は自然と入って来るのではないだろうか。案外、実際はそこまでの話題にはなっていないのではないか、そう想像する。
「ところで、キョウコ。さっきの旦那様って、あれ何だ?」
「男女の組の男性を、そう呼ぶ決まりがあるのですよ、きっと」
「そんなもんか。何か普段呼ばれた事がない呼び方だと、変な気分になってくるなあ」
 バスプールから二分ほど歩いた所には、何台かの車が公道を広い駐車スペースのように使って並んでいた。送迎役の男は、その中にある一台の紺色のワゴン車へ近づいて鍵を開ける。てきぱきと後部ドアを開けて荷物を詰め込んでいく。ドアには、木々と小川の宿緑鳴館とプリントされていた。例の如く旅館の予約もキョウコに任せたので宿の名前は初めて知ったのだが、なかなかクラッシックで良いネーミングである。
「さあ、奥様。こちらからお乗り下さい。お足元に御注意を」
 荷物詰めが終わり、今度はドアを開けて乗車を促す。男の口上にキョウコは少し困惑した表情を浮かべつつ、車へ乗り込んだ。俺も何となく状況が分かった気がして、特に何も言わないまま車へ乗った。
 多分、俺達を夫婦と勘違いしているのだろう。予約する時にキョウコの名前しか伝えなかったのであれば、そんな風にも思われるに違いない。
 照れ臭いと思う反面、それは普段あまり話題に上らないようお互い気を使っている事でもあり、出鼻からいきなり気不味い気分にさせられたと思わざるを得なかった。