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 突然改まった態度を取られ、反射的に背筋を伸ばす。これから告知を行う。そう担当医は宣言した。
 それに対して俺は、あまりに脈絡のない展開に酷く狼狽した。
 告知は待ちに待っていたもので、それがようやくなされるのだと安堵する一方、例え来年まで生きられないなどと言われても受け入れる覚悟はあるつもりだったが、やはりいざとなるとどうしても緊張してしまう。
 そして、ここに集まった面子。キョウコとアクツ氏、互いに接点が無い訳ではない。だが、今ここでこのタイミングでは、あまり自然とは言えない組み合わせでもある。そう、告知は三人で合意の上で行われると、以前に担当医は言っていた。その担当医が一人目で、残る二人がキョウコとアクツ氏なのだろうか? だが、キョウコはともかく、何故アクツ氏までが関わって来るのか。
「宜しいでしょうか?」
「あ、いや、ちょっと待って下さい。いきなり言われて混乱していますから」
「なら、後日にいたしましょうか?」
「それはもっと勘弁です。今、もうこの時点で、色々疑問が出て来ていますから。大丈夫です、聞けます」
 これは日を置いておけるものではない、そう俺は思った。多分充分な説明が無いままだと、様々な悪い誤解を招いてしまうと思うからだ。
 俺は完全に体を起こし、ベッドの端に腰掛ける。その向かいのソファーに担当医とキョウコが並んで座り、そこから少し離れてパイプ椅子にアクツ氏が座る。担当医は視線をちらちらと上下させ、キョウコはうつむいたまま顔を見ようともしない。アクツ氏はぼんやりとこちらを見ているが、正直何を考えているのか分からない表情だ。こうして一堂に会していながらも、何か微妙な距離感をそれぞれ持っているような気がした。そしてそれが何となく、これから俺に伝えようとしている事なのだと感じた。
「正直な所、何から話していけばいいのか分かりません。なので、そもそもの発端から順を追っていこうと思います」
「何ですか、発端とは?」
「あなたの発熱についてです」
 いきなり核心に切り込んでいくのか。
 やはり告知とは発熱の体質の事のようである。それは予想出来る範囲であるだけに、幾分か安堵する。
「最初の発熱は、あなたが高校二年の夏休み中に起こりました。八月十三日の午後四時過ぎ。コンビニからの帰宅途中に突然発症し、そのまま昏睡状態に陥りました。ただちに救急車で運ばれましたが、四十度を越す熱はいかなる解熱剤も効果がありませんでした。人間はタンパク質の塊です。タンパク質が変質する温度の熱が続けば、当然重い障害や命すら危ぶまれます。そこで、あなたを担当した医師はある治療方法を思い付きました。しかしそれは、現在もまだ認可のされていない治療法でした」
「認可されてないって、違法という事ですか?」
「有り体に言えばそうです。法的には医療行為と認められない処置ですから」
 まさか過去の自分に、そんなイリーガルな事が起きていたとは。そう驚くのも束の間で、それはすぐに他人事のように思えてしまった。学生時代の事は未だに思い出せてはいないから、自分の事でも実感がわきにくいのだろう。
「それで治った訳ですか?」
「一命は取り留めた、といった所です。むしろ、問題は余計に複雑化したのかもしれません。その治療の結果、重い後遺症を負う事になったのですから」
「後遺症なんて言われても、別に何もありませんけど。それとも、この記憶障害の事ですか? これは最近になって気づいたものですが」
「いえ、記憶の事はまた別です。後遺症とは、突然の発熱の方です」
「え、そっちですか?」
 熱病の治療の後遺症が熱病なんて。俺は医者ではないが、明らかにそれはおかしいと思った。後遺症ぐらいはあってもおかしくはないと思うが、それが治療前と同じである訳が無い。
「それはおかしいんじゃないんですか? それは単に、熱病が完治まで至らなかっただけでは?」
「その辺りの切り分けは出来ています。最初の熱は一時的なもの、今のは慢性的なものです。同じ熱病に感じるかもしれませんが、どちらも原因まではっきりしています」
「やっぱり原因は分かっているんですね。それを隠す理由が無くなったから、こうして告知する事になったと」
「理由が無くなった訳ではありません。病状の悪化により、隠す事に無理が生じたためです」
「こんなに何度も入院するほど、頻繁に発熱するはずではなかったという事ですか」
 あれだけ受けたナノマシン化の治療が結局回復に繋がらなかったのは、担当医にとって想定外の展開だったのだろう。あれで押さえ込めるはずだった発熱が、収まるどころか悪化していったのだから、当然ナノマシンによるアプローチは中止しようと判断する。だが、やはり釈然としないのは、発熱の原因を隠していた事だ。どういった治療をするにしても、病名ならともかく原因を患者に隠す理由など無いはずだ。
「どうして後遺症の原因を隠すんですか? 訴訟を恐れての事ですか? でも、未認可の治療をしたのは別の医者じゃないですか」
「そうですね。でも、理由はあります。私はあなたの治療を引き継いだのですから」
 ますます意味の分からない返答に、俺は露骨に怪訝な表情を作ってしまった。自分はあなたの言っていることに不信感を覚えている、そう伝えんばかりの露骨さである。
 俺が担当医の所で治療を始めたのは、ほんの数年前だ。最初の発熱が高校生の時なら、そこには十年近いブランクがある。そしてその間に、どこかの病院へ通院した事は無い。記憶ははっきりしていないが、流石にそれぐらいの事は忘れるはずはない。
「私が引き継いだ理由はとても単純です。その医師の名は石河と言います。私の父親です」
「あなたの父親、ですか。いやしかし、私はあなたの父親の事なんて面識はありませんよ」
「やはりそうですよね。いえ、それは仕方がない事ですから」