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 公使の執務室へ戻り、事の仔細を報告する。すると、やはり各人皆表情が硬く強張ってしまった。特にクレメントの動揺ぶりは大きく、見て分かるほど表情が青くなる。未だジョエルの自殺のほとぼりが冷めていない現状に、これ以上の燃料投下がどれだけ危険であるか、痛いほど理解しているためだろう。
「そうですか……。これはもう、話し合いでどうにかなる段階ではありませんね」
 公使は殊更深刻な表情で、溜め息混じりに応戦の意思を見せる。だが、それにはすぐさまクレメントが声を上げた。
「なりません! それでは、向こうの誘いにみすみす乗るようなものではありませんか! こんな遺恨が絡んだ決闘など、あなたの経歴に傷が付くどころでは済みませんよ!」
「しかし、かと言ってこれ以上引き延ばす意味もありません」
「いいえ、私は断固反対します。冷静になって考えて下さい。ゴットハルトは、無実のあなたを殺しに来ているんですよ? 向こうは、既にこれだけの事をして、失うものなど無い立場です。ですが、あなたはどうですか? もしも誘いに応じれば、非を認めた事になります。公使の肩書きを失うばかりか、レイモンド家の名に傷も付きましょう。そもそも、あなたが命をかけてまで償わなければならない理由はありませんよ」
 感情的ではあるが、クレメントの主張は至極真っ当と言える。公使参事官とアクアリア元将校の決闘など、反公使派にしてみれば格好の材料である。事実の封じ込めはまず不可能で、しかも場合によっては公使自身が命を落とす事もある。そうなれば、ただの不祥事どころではなく、開戦すら現実的な視野に入れなければならない最悪の事態だ。
「一体どうすれば……いっそ、ゴットハルトが死んでくれれば……」
「それこそ、泥沼化は避けられなくなるでしょう。もはや、彼を納得させる以外に方法はありませんよ」
 ゴットハルトがこの状況で強攻策に出て来たのだから、絶対に妥協はしないはず。決闘同好会の会長との決闘を果たさない限り、一歩も退かないだろう。だが、公使を戦わせる訳にはいかない。それでは、セルギウス大尉の死について一方的にこちらが非を認めたと見られかねないのだ。
 ゴットハルト氏が納得し、リチャードの名声に傷が付かない。そんな手段が、果たして存在するのか―――。
「サイファー殿は如何でしょうか?」
 突然、ドナに水を向けられる。すると一同が一斉に視線を俺の方へ向けて来た。まるで俺が全てを丸く収める妙案を持っているかのような、そんな期待をされているように感じ、思わず喉が詰まった。
「私は……いえ、ともかくです。持論を述べさせて戴くなら、まずはセルギウス大尉の死についての真相、その共通認識を皆で持つべきです」
「真相ですか。要はどういう意味でしょう?」
「公使、私はあなたがセルギウス大尉を謀殺した犯人ではないかと疑っています。また、ジョエルの件も同様に、あなたか、若しくは近しい何者かの仕業ではないのか。未だにその線を捨ててはいません」
 これほど率直な言葉が俺の口から出るとは思ってもみなかったのだろう、一同は唖然とした表情でしばし言葉を失う。そしてすぐに、青ざめていたはずのクレメントが一変して真っ赤に紅潮させながら詰め寄って来た。
「無礼な! そもそも公使がそのような事をする動機は何だ!? そんな無意味な事をする理由は無い!」
「セルギウス大尉の死について、何か不都合な事があったから。それも憶測でしかありませんし、真実のことは分かりません。ですから、今まで口にはしませんでした。ただ、公使はこの総領事館においては絶対的な権力者です。一連の事件について、未だ解決の糸口が見つからないのは、あなたの影響力が強過ぎるからではないのでしょうか。私は、そう邪推せずにはいられないのです」
「かと言って―――」
 クレメントは破裂しそうなほど拳を握り締め、真っ赤に血走った目で睨みつけてくる。彼がこれほど激情を露わにするとは思ってもみなかった。それほど、彼はリチャードに対して特別な感情を持っているのだろう。彼は真の意味で、公使派の人間に違いない。
「セルギウス大尉の件は、不幸な事故。ジョエルの件についても、反公使派の工作で説明がついたのでは?」
 感情的になり過ぎたクレメントを諫めるかのように、入れ替わりにジャイルズが間に割って入る。
「しかし、どちらも確たる物証がありません。第三者に説明出来るだけの証拠がなければ、当然ゴットハルト氏を説得するのも不可能でしょう」
「今から反公使派の人間を炙り出すと? とても現実的とは思えませんが」
「だから、セルギウス大尉の件について明らかにして頂きたいのです。そもそも、ゴットハルト氏は別段ジョエルについて固執はしていません。決闘にどういった不正が行われたのか、それが重要なのです」
「ジョエルにはあなたも聴取したのでは? 最初の斬り合いがたまたま肩口から入り、倒れた所へとどめを刺した。それで矛盾はありません」
「では、何故ジョエルはそのような事を? そもそも、公使の身内や関係者ばかりの決闘同好会に、彼とセルギウス大尉が入会出来た理由も聞いていません。どうして入会は認められたのですか?」
「それは……」
 急に口ごもるジャイルズ。その理由を俺は知っている。ジョエルの入会を勧めたのはドナで、彼女がジョエルを死なせた真犯人ではないかと、ジャイルズは疑っているからだ。そのドナはリチャードの指示で動き、彼らは今度はドナをスケープゴートに仕立てあげようとしている節も考えられなくもないが、流石に本人の前でそれを口にする事は憚られるようだ。