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 それは、よほど気のない攻撃だったのだろう、俺の放った一撃はいとも容易く弾き返され、その勢いで思わず後ろへよろめいてしまった。
「ハァッ!」
 空かさず、ゴットハルトが大上段に構えて斬りかかって来る。剣は落としていないが、迎え撃つには姿勢が悪い。仮に受け止めたとして、最も速く強い一撃を放てる姿勢からの剣は、こちらの剣ごと斬り捨ててしまいそうな勢いである。
 真っ向から受けてはならない。俺は咄嗟に剣を引くと、振り下ろされる剣と斜向かいの方向へ転がった。その直後、ゴットハルトの剣は俺がよろめいていた床に轟音を立てて食い込んだ。俺はその様を、姿勢を立て直しつつも唖然としながら見ていた。ここの床は絨毯は敷かれているが、火事対策のために石で作られている。それを、掘削用のハンマーならともかく、ただの剣で割るなど、俄には信じ難い出来事だ。
 体力勝負なら勝てると思っていたが、剣術の差があまりにも開き過ぎている。この調子では、ただの打ち合いでも負けてしまうだろう。もっと泥臭く、乱戦に持ち込んでいかなければ。
 ゴットハルトが構えるのも待たず、こちらも大上段から斬り掛かっていく。渾身の力で振り下ろした剣は、驚くほどの速さで構えられた剣に阻まれ、更に驚くほどの力強さで持ちこたえられた。だが俺は構わずに、続けて体ごと押し込んでいく。一瞬の力ならともかく、競り合いならば体重のある俺の方が勝つ。その読み通り、剣同士をぎりぎりと擦りつけ競り合いながらも、ゴットハルトは一歩ずつ後退を始めた。
「うおおおおッ!」
 更に俺は全身から力を振り絞り、より強くゴットハルトを押す。すると、一歩ずつだったゴットハルトの後退は俄かに勢いを増していき、そのまま俺達は壁際まで雪崩れ込んだ。
 最後の一押しには特に力を込めて、ゴットハルトの背中を壁へ強かに打ち付ける。ここからは、こちらが一方的に攻める番だ。ゴットハルトの体を壁際に固定し、剣に全体重を掛けて押し込む。俺の腕前では、ただ斬りつけても当たりはしない。だが、こうして姿勢を固定して圧し斬れば、それはただの腕力勝負になり、一転しこちらが有利になる。
 剣の間から覗くゴットハルトの表情に、ようやく苦悶の色が浮かび始めた。この作戦はうまく弱点を突いた、そう確信した直後だった。
「うっ!?」
 突然、脇腹を内側へえぐり込むような衝撃が走り、そのせいで膝ががくりと崩れそうになる。同時に、今まで押さえ込んでいた剣と剣の力関係が反転するのを手に感じ、慌てて床を蹴って大きく後ろへ跳び退る。
 一体何をされたのか。それは、すぐさま攻勢に転じずに剣を杖によろめいているゴットハルトの姿で予測がついた。おそらく、目一杯密接しているのをいいことに、死角から膝で蹴り上げられたのだ。
 普通、剣術の立ち会いでは蹴り技などは使わない。それは有効性の問題ではなく、単純に足蹴にする事は不作法とされているからだ。にも関わらず、遠慮無しに使ってきたゴットハルト。足が悪いから蹴りつけられる事はないだろうと高をくくっていたのもあるが、不作法も平然とやってきた事に、これは腕試しではなく本当に殺し合いなのだと再認識させられる。そして、俺はようやくその実感が湧いてきて、その場に戦慄した。
 あまり明確には考えないようにしていたが、これは命のやり取りであり、どちらかが死ななければ終わらないのだ。ゴットハルトは、子息の無念を晴らすという明確な目的を持っている。けれど、俺は単にリチャードの立場を守るという曖昧なものしか無い。俺は、殺意を持っていないのだ。
 ゆらりと背筋を伸ばし、剣を中段に構えるゴットハルト。その目はまるで幽鬼のようで、対峙する俺を同じ人間とは思っていないのではないか、そんな危うさを感じさせる鬼気迫ったものだった。俺もまた同じように、すぐに体勢を整えて剣を構える。けれど、この剣をどう打てばいいのか、ゴットハルトをどう攻め立てればいいのか、すっかり分からなくなってしまっていた。
 ゴットハルトは、俺を憎んでいる訳では無い。俺もそれは同じだ。この決闘は、お互い望んではいない相手である。にも関わらず、何故こんな不毛な事をし、命のやりとりをしているのだろうか。
 考えれば考えるほど、自分達のしている事が無意味に思えてくる。こんな遺恨しか残さない決闘など、初めからするべきではなかった―――。
「キェェェイ!」
 裂帛の気合いと同時に、ゴットハルトが猛然と斬り込んで来る。しかし、最初に比べ踏み込みには少し鈍さがある。俺は教科書通りにそれをいなしつつ、しかし相手の勢いに押され体勢を崩しながら間合いを離す。ゴットハルトもまた振り下ろした剣に体が振られ、すぐさま追撃出来ない状態だった。決闘が始まってさほど時間は経っていないが、既にお互い疲労が蓄積しているようである。命のやり取りというのは、それほどに体力を消耗するようだ。
 再び、双方共に姿勢を戻し剣を構え、互いの出方を窺う。いつの間にか互いに肩で息をし、積極的に剣を交えるだけの体力は残されていない。けれど、どちらも決して退けない事だけは感じ取れていた。だからだろう、ゴットハルトは変わらず強い殺気を俺に放ち、そして俺もまた呼応するかのように殺気を放ち返していた。