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 剣を鞘ごと腰から抜くと、まずは一番手前の野盗の頭を目掛けて振り抜いた。
「うわっ!?」
 何の前触れもなく頭を殴られた野盗は、その場に膝から崩れ落ちる。そして、突然の事に驚いた隣の野盗が、無防備な声を上げた。それを合図に、俺はすぐさま二撃目をその野盗の顔面へ浴びせる。
「何だてめえ!」
 ようやく事態を把握した残りの野盗は、一斉に得物を抜いて声を上げる。そこでようやく取り囲まれていた青年に辿り着いた俺は、未だに突っ立ったままの彼の手を引いた。
「逃げるぞ!」
 青年の手を無理やり引きながら、とにかく街道を野盗達とは反対の方へ駆ける。正直なところ、とても野盗達を振り切れるとは思ってもいなかった。突然二人も倒されたのであれば、何が何でも見付けて捕らえようと、血眼になるはずだからだ。
 とにかく、距離を置いて追ってくる奴らを一人ずつ倒していくしかない。よくある多対一の戦術だが、実際そううまくいくかどうかは、結局本人の力量次第だと言う。ともかく、俺は覚悟を決めて後ろとの距離を意識する。
 が、その直後だった。
「もう駄目だ……走れない……」
「は!?」
 突然足を止め、その場に弱々しくへたり込む青年。この状況で、一体どこにそんな事を言っていられる余裕があるのか。思わず声を上げてしまったものの、酷く息を切らし滝のような汗を流す彼は、とても冗談で言っているような様子ではなかった。
 恐ろしく体力がない。むしろ、この程度で良くもこんな山奥まで来れたと思うほどだ。そもそも、彼は冒険者ではないのか? それがどうして、この程度の距離も走る事が出来ないのか。
「この野郎! 逃げられると思うなよ!」
 あれこれ考えるものの、バタバタとけたたましく迫る足音と野盗達の罵声が、青年の素性の詮索よりこの状況の打開の方へ意識を向かわせる。
 とにかく、走って逃げるのは無理だ。力ずくで、野盗達を追い払わなければならない。俺は手にしていた鞘ごとの剣を腰へ差し直すと、今度は鞘を残して剣を抜き放った。
「いい度胸だな、てめえ! お前はこの場でぶっ殺してやる!」
 抜き身を前にしても、野盗達は恐れるどころか益々憤りを強める。月並みな脅し文句ではあるが、こういった人種は本当に躊躇いが無い。負ければ、本当に文字通りになるだろう。
 野盗の頭数は、三人。一度に襲いかかられたら、よほどの達人でも無い限りは一方的にやられてしまうだろう。だから、達人ではない俺は、頭を使うしかない。
 剣をゆっくりと腰溜めに構え、じりじりとにじりよりながら間合いを詰めていく。自分へ向けられた三つの刃物へ近付いていくのは、とても恐ろしく足のすくむ思いだった。けれど、安全圏は野盗達のすぐ目の前にしかない。近付けば近付く程、彼らは強く同士討ちを意識するからだ。
 案の定、近付いてくる俺に対し、野盗達はすぐに斬りかかってくるような事はなかった。その替わりに、誰か一人が先行して襲いかかるよう、分かりやすい目配せを向ける。これはつまり、誰が最初に襲いかかるといった段取りを、あらかじめ決めていないからだ。
 口で言うほど、こいつらは手慣れていない。
 そう確信した俺は、意を決し、左側の野盗から反撃に打って出た。
「ハッ!」
 左側の野盗の得物は、順手に構えた大振りのナイフ。如何にも素人的な持ち方をしているその手を、肘から手首にかけてを狙って斬りつける。受けもままならない野盗はあっさりこの一撃を受け、悲鳴と鮮血を上げながらナイフを落とした。
「こ、この!」
 そこでようやく中央の野盗が、あまり手入れのされていない剣を大きく振りかぶった。しかしそれでは、こちらに攻撃のタイミングを教えてくれているようなものだ。俺はすれ違い様に、斬りかかってきた野盗の足を撫でるように払った。
「う、うわあ!」
 足を押さえながら、その場に尻餅をつく野盗。最後に残った無傷の野盗は、及び腰になりながら、必死で剣をこっちに向けながら威嚇している。既に戦意は喪失していると言ってもいいだろう。
「命まで取るつもりはないが、この先は保証出来ないぞ」
 そんな三人に対し、剣を構えながら精一杯凄んで見せる。すると、
「ち、ちくしょう!」
 三人は手に取り足を取りしながら、もつれ合うようにして一目散に逃げ去った。その様を眺めながら、剣を鞘に納め溜息を付く。我ながら恥ずかしい凄み方だったが、先にここまでやっておけばなかなか効果はあるようだ。
「さて……」
 野盗共を追い払ったとは言え、どうせすぐに援軍を連れて戻って来るはず。その前にこの場から退散するのが利口だ。
「そろそろ立てるか? 早くここから逃げないと、また連中に絡まれるぞ」
 そう言いながら、地面に屈み込んだ青年に手を差し伸べる。すると彼は、手を取りながらも思っていたよりすんなり立ち上がった。
「助けて頂いた事、感謝します」
 恭しく礼を述べる彼は、よほど育ちが良いのか妙にはきはきと滑舌の良い口調だった。どこか気品ささえも感じさせる。それだけに、尚更こんな人気のない山中に居る事が不思議だった。
「俺は、レナートという冒険者だ。こんな所でどうした? 道に迷ったのか?」
「いえ、違います。この辺りに、人攫いのアジトがあると聞いてやって来たのですが」
「人攫いの?」
 という事は、やはり彼もまた冒険者という事である。しかも、俺と同じ依頼をギルドで受けたのだろう。どうせ他に受ける者も居ないような依頼なら、重複する事もたまにある。だが、よりによってこんな、山道を歩くこともままならない男が受けるとは。
「失礼、申し遅れましたが、私はアーリャと言います」
「君は冒険者なのか?」
「冒険者? ああ、そういう区切りで差し支え無いと思います」
 そういう区切り? 差し支えない?
 いまいちはっきりしない答え、そしてこんな所にやって来た事実。何か訳あり、しかも胡散臭いものではないのか、この青年に対して俺はそう直感的に思った。