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「……何故だ?」
 それは、翌朝の朝食の席での事だった。
 嘘のように体の調子も良く、俺はいつもよりも多めの食事を平らげ、お茶を飲んでいた。そんな時、当たり前のように同席するアーリャが、思わず眉をひそめるような事を言い出したのだ。
「ですから、私はレナートの人柄が気に入ったので、今後も同行する事にしたのですよ」
「したのです、って。俺の意志は?」
「え? あなたは、この世の悪徳と戦う事を生業としているんですよね。なら、二人の方がより効果的ではありませんか」
「俺がいつそんな事を言った。俺は別に、そんな信念を持ってやっている訳じゃない。俺は単に、冒険者として一角の人間になりたいだけだ」
「その割に、あなたは効率の良い案件を受けていないではありませんか。今回に限らず、以前から貧民層の誘拐の案件や、過疎地域の魔物退治などばかり。名声を得るには、もっと世間の注目度の高い案件に関わるのが効率的ですよね。あなたに、それだけの実力が無いようにも思いません。これは、あえて選んでやっているとしか思えませんよ」
「……どこで、それを知ったんだ?」
「ギルドで照会したんですよ」
「本人でも無いのに、ギルドが応じるはずがないだろ」
「心から、お願いしただけですよ」
 にっこり微笑むアーリャの表情は無邪気そのもので、やはり世間一般のそれから何か欠落しているものがあるように思わせる。
 それにしても、アーリャがギルドに照会したという俺の履歴は、確かに間違っていない。当てずっぽうにしても、あまりに正確過ぎる。そうなるとギルドが他人の照会に応じたのが事実という事になるが、いつからギルドはそんないい加減な管理体制になったのか。特別この街のギルドが、緩いだけなのかも知れないが。
「……で、話の続きだ。それで、何故俺と同行する事になる?」
「ギルドへの登録なら、昨日済ませて来ましたよ」
「やっぱりしていなかったのか。いや、それはともかくだ、同行するという事は、生死をかける相棒になるという事だぞ」
「ええ、理解してますよ。誠心誠意、頑張ります」
「そうじゃない。だからこそ、信用に足りる相手じゃなきゃ組んだりしないと、言っているんだ」
 きょとんとした目を向けるアーリャ。自分が本当に俺から信用されていると思っていたようだ。
「率直に言えば、お前の出自は胡散臭い。今回はともかく、今後土壇場で裏切られてはかなわない」
「あなたとあろう方が、こうも猜疑心が強いとは。人を疑う事は、悪徳の一つですよ」
「何とでも言え。自分の命を守るためなら、悪徳だろうが何だろうが、必要なら使うまでだ」
 これは困った、そうとでも言いたげにアーリャは腕組みをし小首を傾げる。やはり、俺に断られるとは微塵も思っていなかったのだろう。
 そもそも、出自がどうとかは方便にしか過ぎない。単にアーリャのような考え方の人間と組めば、今後仕事がやり難くなる事は明白だからだ。それは今回の件ではっきりしている。目的と手段を取り違えるだけでなく、あんな訳の分からない危険な魔法まで駆使して―――。
「そうだ。あの魔法……あれは一体何だ?」
「あの魔法?」
「ゴーレムの事だ。あれはもう随分前に、レト教が根絶したはずのものだ。どうしてあれを知っている?」
「どうしてって、そもそもあの魔法は―――」
 そこまで言いかけ、ふと何かを思い付いたらしいアーリャは、言葉を翻した。
「気になりますか? 私の出自が」
「それは……いや、別にいい。そこまでして聞きたい訳じゃない」
「そうですよ。出自なんて、それほど重要ではないのです」
「そうじゃない。第一、何故そうやって誤魔化し隠そうとするんだ? 何か後ろ暗い事があるから、話せないんじゃないのか?」
「私にそんなものはありませんよ」
「どうだかな」
 一体アーリャにどのような目的があり、その出自が如何なるものなのか、どれも俺にはあまり重要ではない。大事なのは様々な面で信用出来るかどうかであって、現状を見ないで非現実的な事を宣ったり、己の出自を頑なに明かさない者など、以ての外だ。
「とにかくだ、お前とはここまでだ。短い付き合いだったが、命を助けてくれた事には感謝する。また縁があれば、食事でもしよう。それで、今回の依頼だが。精算はどうした?」
「精算? 何でしょうか、それは」
「精算だ。ギルドへの報告だ。そうしなきゃ、報酬も貰えないだろう」
「ああ、なるほど。ですが、私はその時はギルドに登録していませんでしたから」
 そう微笑むアーリャに、俺は一瞬で血の気が引いた。
「まさか、ただ報告しただけなのか?」
「そうですよ」
「お前、じゃあ報酬も何も貰えないだろう!?」
「何を仰いますか。子供達が無事親元へ帰り、悪行を働いた者達は相応の罰を受けた。それで十分ではありませんか」
 あまりに当然の事のように答えるアーリャに、俺は怒っていいのやら呆れるべきなのやら、すっかり混乱して何が何だか分からなくなってしまった。
 こいつは、金の概念というものが無いのか。
 やはり、どこかの富豪の家で世俗から隔絶されて育ったに違いない。そうでなければ、こうもおかしな言動ばかり取るはずがないのだ。
 関わるべきではない。そう、俺の結論は当初から何も揺らがなかった。