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「そもそも、グレープの奴の死に様も酷いもんじゃった。二階の吹き抜け廊下の手摺りに紐を結わえてな、そこから飛び降りるようにして首を吊ったんじゃ。当然、首や肩の骨はめちゃくちゃになったらしくてな、首が何倍にも長く伸びておったんだと。発作的なもんだったろうが、何もそんな惨い死に方をしなくともな……」
 発作的な自殺は、首吊りと飛び降りが大半だという話を聞きかじった事がある。どちらも、思い立ったらすぐに実行出来るからだそうだ。そんな簡単に自分の人生を終わらせる心理など、到底俺には理解が出来ない。とは言っても、彼らには彼らしか分からない苦悩があるのだろう。
「そう、あそこに入り込んだ連中じゃったな。人によって話がやや違うが、同じなのは二階へ招かれるという所かのう」
「招かれる?」
「人の良さそうな男だったり、世にも美しい女だったり、はたまた何となく足が向いて行ったり。いずれも、不思議と二階へ行ってしまう事になるんだと。すると今度は、おもむろに同じ事をしたくなるそうじゃ」
「同じ事とは、まさか……」
「そう、グレープのそれじゃよ」
 馬鹿馬鹿しい、それが率直な感想だった。けれど、マカールのあまりに真剣な表情が、俺に軽んずる事を許さなかった。
 グレープのそれとは、グレープと同じように、首吊りをしたくなるという事だろう。だが、何故そんな事になるのだろうか。興味本位で来るような手合いなら、自殺願望などあるとは思えないが。
「男の方はグレープ、女の方は奥さんじゃろう。今何を考えているかは知らんが、何故こんな馬鹿な事をするんだか……。もうワシの知っとる親友では、完全になくなってしもうたんじゃろうかのう」
「さぞや御心痛の事でしょう。何せ、かつては親友だった人が、このような凶行に走っているのですから。分かりました、私達が必ずや御友人を昇天させてご覧に入れます」
「本当に、ありがたいのう。どうか、どうかよろしくお願いしますじゃ」
 アーリャはまた勝手に話を進めてしまっている。だが、俺自身もまたこの件に関して興味が強まっている。理由はともかく、あの建物で何人も変死しているのは確かなのだ。その真相を暴くのは、公共の利益にも繋がる大事な行動でもある。冒険者たるもの、こういった細かなことを軽視してはならないのだ。
「あの、ところで。この話が伝わっているという事は、全員が死んだ訳ではないんですよね?」
「ああ、その通り。勘の良い者は、すぐに危険を察知して逃げ出すそうじゃ。それでも、外へ出るまでは、何故か首を吊りたくて仕方なかったそうじゃ。そんな事をすれば死んでしまうと、ちゃんと分かっているはずなのにのう」
 何らかの方法で、行動を強制させているのだろうか。しかし、感情や思考に働きかける魔法は、薬物と同様に厳格に国が管理し規制をかけている。もしもそれが使えるようになったとしたら、普通はもっと金になることや、世間を騒がす政治的な事に関わるだろう。こんな土地で、不毛な事を続ける理由が無い。
 若しくは。
 世の中には精神を攻撃するような魔物も、非常に稀だが存在する。それは光だったり匂いだったり、はたまた特殊なフェロモンだったりと手段は様々だ。その類の魔物が何処からか流れて来て棲息し、近付く者を襲っていると考えるのが妥当だろう。しかし、特定の行動のみを限定して強制させるような事例はあっただろうか?
 聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、訳が分からなくなる話だ。まともに考える事が無駄なようにすら思える。ともかく、俺達にやれる事と言えば、現場の現状をつぶさに調査してあらゆる可能性を洗い出す事だ。その結果、何らかの原因が見つかればそれで良いし、見つからなければ一連の出来事は不幸な偶然だとマカールに言い聞かせる事が出来る。要は、マカールの心に平穏が訪れれば良いのだ。
「早速、今日から調査を始めさせて戴きますよ。何か分かれば、すぐにお知らせいたします」
「本当に、重ね重ねありがたい事です。物入りでしたら、どうぞ遠慮無く仰って下さい。うちは元雑貨商ですから、多少古いですが良い物が幾つもありますよって」
 今にも涙を流さんばかりに、アーリャに何度も感謝するマカール。確かにアーリャには、どことなく惹かれる妙な魅力はあるかも知れないが、胡散臭い人物と見ている俺には、とてもここまで素直にはなれない。
 しかし、幽霊なんてものが本当に存在するだろうか。半ば済し崩しに引き受けはしたが、やはり俺にはその存在が信じられなかった。仮に実在したとしても、それが一連の出来事の原因に結び付くとは考え難い。人間が死後に自我を持ったまま変異するなんて、少なくとも公式な前例は無い。これを初めての前例とするよりも、もっと他の可能性を考えた方が、まだ可能性として有り得るのだ。
 それに、何故マカールが呪われているのか、という事も気になる。原罪を支持し幽霊の存在を肯定する、レト教でも明らかに異端なアーリャの言うことだから、どれだけ当てになるかは分からない。ただ、アーリャには得体の知れない何かがあり、疑いはするものの、否定はし難いのだ。
 いつの間にか、酷く非合理なものに囲まれてしまっている。このケチの付き始めは、やはりアーリャと出会ってしまった事だ。そして、これもアーリャのせいで巻き込まれたと言っても過言ではない。