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 二階の部屋を調査するも、これと言って目立ったものは見付ける事は出来なかった。仕方なくその日は引き上げる事にし、俺達はマカールの自宅へと戻った。伝えられる成果は何も得られなかったものの、アーリャは明日も引き続き調査をすると勝手な約束をしてしまい、マカールもまたそれに喜んで俺達を泊めてくれる事になった。弱みに漬け込んで宿を得ているようで気が咎めたが、アーリャとマカールのやり取りを見ているととても水を差すような事は出来なかった。
 その晩、隣のベッドでいそいそと寝支度をするアーリャを見て、俺は何と無しに今後の事を訊ねる。
「なあ、明日もまた同じように調査するつもりか?」
「ええ、そうですよ。明日こそ何か手掛かりが見つかるかも知れませんから」
「見つからなかったら、どうするんだ? 正直な所、今日と同じように闇雲に調べたところで、結果は同じにしかならないぞ」
「うーん、確かにそれもそうかも知れませんねえ」
「そうかもって……」
 のんきに小首を傾げるアーリャに、俺は溜め息を漏らしてしまった。どうやら何も考えてはいないようである。けれど、そもそもは何かしら確信があって調べ始めた事である。その辺りにヒントはあるのではないだろうか。
「ところで、マカールさんが呪われているって言ったよな。あれは本当にそうなのか?」
「ええ、そうですよ。間違いありません。残念ながら、彼は呪われています。それも、かなり強力な呪詛のようです」
「そんな風には思えないんだがな。一体どんな呪いなんだ?」
「流石にそれは、見ただけでは分かりませんよ。こう、空気の揺らぎのようなものが絡みついているのが分かるくらいです。どんなものなのかは、ちゃんと本人の同意の下で調べてみないと」
「少なくとも専門家なら、見て分かるくらいの違いはあるって事か。しかしだな、俺は呪詛には詳しく無いが、そもそもそういった魔法はレト教でも異端中の異端のはずだ。ノウハウが全く残っていないとは思っていないが、少なくとも素人がどうこう出来るものでは無いんじゃないか?」
「やり方次第ですよ。そもそも呪詛とは、魔法を簡略化しただけのものですから。魔力を使わずに、何か媒介となるものや犠牲になるものを使って、超自然現象を起こす訳です」
「方法を知ってれば、難しくはないという事だろう? で、その方法はどうやって知るんだ、って事になるんだが」
 マカールの友人グレープが、マカールに呪いをかけた本人であるという。しかし、仮にそれが事実だとして、一体どのようにノウハウを仕入れ、どのような理由でそれを行使するに至ったのか。肝心の、マカールにかけられた呪詛の内容も端からではまるで分からない以上、いずれもただの推論だ。
「そもそも、私はこの呪詛というものが嫌いなんですよ」
「そりゃ世間一般の認識では、ネガティブな要素ばかりの代物だからな。忌避していない奴の方が、圧倒的に少数派だろう」
「いえ、そういう事ではありません。正しい意識、知識も無く超自然現象を起こし、その代価に暴利とも呼べるほどの犠牲を強いる。まるで人を惑わすために設計したような、その根本的な仕組みが忌まわしいのです。魔法とは、もっと人類の生活を豊かにするための知識であるはずなのに」
「使う側に悪意があるなら、何であろうと悪用はされるだろう?」
「やはり、人は悪意の原罪から逃れられないのでしょうか。いえ、本当に悪いのは、その悪意を利用する存在なのか……」
 またアーリャが訳の分からない事を言い始めた。ぶつぶつと語り出すアーリャを見て、もう話す事は無いなと会話を打ち切った。
 とにかく、明日は明日で調査をしてみるとして、それでも駄目なら、いよいよ夜という事になる。それは、例の現象を身を持って体験し、原因を探り出そうというものだが、事が事だけに気乗りはしない。明らかに命に関わるような内容なのだから、そういった危険な方法は取りたく無いのだ。
 実際どうするかは、明日にでも考えるとしよう。そして、今夜はもう寝てしまうのに限る。
 そう決めた俺は、未だぶつぶつ言っているアーリャを放っておき、ベッドへと入る。が、すぐに喉の渇きを覚え、寝る前に水を飲んでおこうと部屋を出て一回の台所へ降りる。
 夜目が利くのと距離が近い事で、俺は灯りも持たずに階段を下り台所へ真っ直ぐ入った。丁度その時だった、俺と入れ違うように、台所奥の勝手口から、マカールが外へ出て行くのが見えた。
 こんな時間に、一体どこへ行こうというのか。
 咄嗟に俺も勝手口へ向かい、戸を少し開けた隙間から彼の様子を窺う。まだ出てすぐの所を歩いているが、灯りも持たずに歩いているせいですぐにでも見失いそうである。
 今からアーリャを、それもブツブツ言っているあの状態から連れ出しに呼ぶのも煩わしい。
 俺は単身で、密かに後を付ける事にした。行き先が知りたいなら訊ねればいいだけだが、何となくこういった状況ではこっそりと突き止めてやりたいという好奇心の方が勝るものだ。