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 良くある港町の風景を、宿の窓から眺めつつ、今後の予定をあれこれと模索する。テーブルの上には、この町のギルドで集めてきた依頼書のチラシが散乱し、その中からこれぞといったものを慎重に厳選する。選択の基準は、難易度や報酬額もあるのだが、何よりも知名度を重要視する。俺の目標は、歴史に名が残るような偉大な冒険者になる事であり、とにかくまずは名が知れ渡らなければならないのだ。
 街道に出没する野盗のアジトの壊滅、市場に流出してしまった貴金属の細工品の回収、この地方でも有名な商人の護衛、依頼は様々あり目移りがする。けれど、今の自分が引き受けられる資格がある依頼は、本当にごく僅かだ。俺のような若造には、相応のありふれたものしか回ってこない。俺はまだまだ下積みの段階なのだ。
「レナート、これを引き受けましょう」
 ふとアーリャが、おれが弾いた依頼の一つを手にとって突きつけてくる。その顔は、またいつもの正義感に燃える厄介な表情で、俺を憂鬱にさせた。
「それは受けない。見れば分かるだろ」
「この先の街道を根城にする、盗賊団の殲滅とありますよ。街道は皆のものです。受けるべきですよ」
「あのな、相手が何人規模の団体か分かってるのか? ギルドに依頼が来るってことは、領主お抱えの騎士団では手に余るという意味だぞ。一人二人で受けようとしたって、追い返されるだけだ」
「なら、ギルドを通さずに受けましょう。場所さえ分かればいいのですから」
「ふざけるな。仮に成功したとして、タダ働きになるどころか、ギルドから注意人物として手配されるだけだ。追放処分にでもなれば、二度とギルドに入れなくなるぞ」
「随分と煩わしいシステムなのですね」
「社会通念的に、当たり前の事ばかりだぞ」
 アーリャは、様々な魔法や呪術に精通している半面、こういった社会の常識を驚くほど知らない。だから、どこかの富豪か止ん事無き身分の生まれかと思っていたのだが、それともまた違うようだというのが最近の見解だ。浮き世離れしている、そんな表現が合う。それは、物事の考え方や倫理観が、明らかに常人と異なっているからだ。
 アーリャの横槍をいなしつつ、俺は一つの依頼に的を絞る。それは、とある富豪が募集した荷物運搬の護衛だ。定員も三十名と多い割に報酬も悪くはなく、懐具合が不安な今の俺には打って付けと言っても良かった。
「俺はギルドで登録してくるが、お前も来るのか?」
「あまり世界平和と関係なさそうですけど、まあ人助けには違いありませんからね」
 渋々といった表情でついて来るアーリャ。本当は俺の方こそ仕方なく同行を許しているのであって、アーリャにいちいち文句を付けられる筋合いはない。が、こういう時にへそを曲げられてはかえって困る事になるので、俺は適当にいなしておく。
 宿を出て、港沿いをギルドに向かって歩く。時刻は夕方で、港にはほとんど人はいない。潮風はやや強く、耳元で金切り声をあげていささか喧しい。それでも、海を眺めるのは良い気分だった。雄大な物をついつい眺めてしまうのは、人間の生まれ持った性だろう。ここの所、息つく暇も無かっただけに、この港町はただ滞在するだけで心が安らんだ。
「ねえ、レナート。これから、この依頼を受けるのですよね」
「そうだ、出発は明日の午後。他に何人も来るから、くれぐれも問題は起こすなよ」
「荷物を運ぶのに、何故わざわざ陸路を通るのですか?」
「海路じゃ行けない場所なんだろ」
「いえ、そんな事ありませんけど」
 そう言ってアーリャは俺の前に回ると、いつの間に買ったのか近郊の地図を見せて来た。
「この町がここですよね。それで、目的地がここ。海路は多少遠回りに見えるけれど、野盗の心配はしなくて済みますよ。何より、護衛にかけるお金も要らないですし」
「海流に問題があるんだろ」
「別に、航行に影響するような、変則的な海流はありませんよ。この界隈の海流は全部知っていますから、間違いはありません」
 更にアーリャは地図を俺に見せ付けて来る。確かに、アーリャの言う通りなら、いささか不自然かも知れない。けれど、それを証明する手段など無いのだ。
「あのな、この依頼は金のために受けるんだ。金持ちの考える事は、俺なんかには分からないし、興味もない。大事なのは、きちんと報酬を貰うことだ。今の事、間違っても俺以外に話すなよ。荷物の詮索も絶対にするな」
「でも、疑問に思いませんか?」
「疑問に思うな。思うから気になるんだ」
 ぴしゃりと跳ね除けるような、強い口調で言い返す。それでようやくアーリャは言い及ぶのを止めた。アーリャの疑問も分からないでもないが、金持ちがこういった荷物の運び方をするのは、大体が訳有りである。金の無い今は、そういった疑問を持たず、素直に言われた事だけをこなして報酬を貰えばいいのだ。
「この町に来てから、レナートはお金の話ばかりしていますね」
「そうだな。金が無いんじゃ、飢えて死ぬしかない。俺は、そんな死に方だけは御免だからな」
「正義の味方というのも、食べていかなくてはいけないのだから、なかなか楽ではありませんね」
 いつ俺が正義の味方などになっただろうか。
 アーリャの言い方は、いちいちこちらを面倒事に巻き込もうという風に聞こえて来るから、未だに平静に聞き流せない。