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 ギルドでの申請登録も済ませ、その日は装備品のチェックをした後に早々と就寝する。翌日、俺はアーリャを連れて、指定された集合場所へ向かった。そこは町外れの倉庫街の一画で、かなり老朽化が目立っている。古い倉庫ばかりが建ち並び、出入りしている人や荷馬車の姿も見受けられない所から察するに、今はほとんど使われていないのだろう。そんな所を指定されるという事は、十中八九、護送する荷物の中身はとても表沙汰には出来ないようなものだろう。
 集合場所に指定されている倉庫の前には、既に何名かの人影があった。取り分け古く大きなその倉庫は、正面口が開放されている。中を覗くと、そこは更に何名かの人影と、隅の方に使われなくなったガラクタが散乱しているだけだった。これほどの人数となると、やはり相当なものを運ぼうとしているのかもし知れない。
「この人達が、一緒に仕事をする人ですか? 何だか、陰気ですね。もうちょっと打ち解けないと、これから困るのでは?」
「話し掛けるなよ。お前はこういう事は初めてなんだから、おとなしくしていろ」
 彼らとは、話をすることもされることもない。こういった時は、極力無駄話はしない。きな臭い仕事の時は、互いに詮索しないのが暗黙の了解である。彼らがいつ敵に回るかも分からず、あまり信用がならないのだ。そしてそれはお互い様であり、彼らもまた俺の事を同じように思っている。
 明らかに浮いているアーリャを連れ、俺達も倉庫の片隅に陣取って依頼主を待つことにした。その間、更に数人の参加者が現れ、この古ぼけた倉庫には総勢三十人近くの人間が集まった事になる。これだけの人数を召集するとなると、依頼主は相当な金持ちだろう。そうなってくると、確かに仕事の具体的な内容が気になってくる所だ。
 約束の時間までは、まだ今しばらくあった。みんな俺と同じく依頼主に期待しているのか、約束の時間よりも随分早く集まって来ている。金に困っている者もいれば、有力者に顔を売るつもりで来た者、純粋な興味本位の者も居るだろう。いずれにせよ、誰しもがこの案件に並々ならぬ期待を寄せているのは確かだ。
 約束の時間まで、このままただじっとしているのも退屈である。どうしようか、そんな事を考え始めた時だった。
「あんた……」
 ふと、半信半疑の口調で話し掛けながら、一人の女性が脇から近付いてくる。誰か顔見知りでも来ていただろうか、そう思って振り向く。
「やっぱり! レナートじゃない!」
 驚きを露わにする彼女、まるでここに俺が居ることが信じられないといった様子だった。
 俺は彼女の顔を見、すぐさま誰なのかを思い出す。そして、思わず同じように驚きを露わにしそうなのを、踏み留まった。
「まさか、ニーナか? 偶然だな」
「偶然だな、じゃないよ。どれぐらいぶりだと思ってるの? 生きていたなら生きていたで、連絡くらいよこしなよ」
「お互い根無し草の生活なのに、連絡も何もないだろ」
「ギルドに預けるなり、手段はあるじゃないの。まあそうね、あんたは筆まめな男じゃなかったからね」
 こんな所で彼女と再会するなんて。まるで不意打ちにでも遭ったような気分だった。嫌だという訳ではないのだが、あまりに突然の事のせいで咄嗟に何を話して良いものか分からなくなった。
「レナート? 知り合いですか?」
 そんな俺達の会話に、アーリャが不思議そうな顔をしながら入ってくる。
「ああ。彼女は同業者で、古い馴染みだ」
「へえ、あんたが人と組むなんて珍しいけど、また随分と変わった毛色のと組んだのね」
「まあ、成り行きでな」
 俺は人と組む事を避けているつもりはないのだが、あまりに割に合わない仕事ばかり受けるから、必然的に孤立しているだけに過ぎない。今思えば、アーリャはそういった人間と対局に位置している。俺ですら割に合わないと避ける事すらも、正義にためだ何だと引き受けようとするのだから。
「私はニーナ、こいつとはそれなりに長い付き合いよ」
「アーリャです。レナートとこの世を良くする旅をしています。どうぞ宜しくお願いします」
「アーリャ……?」
「はい? そうですが、何か?」
「いえ。まあ、変わった相方のようだけど、仲良くやりなさいな」
 そう言って、ニーナはひらひらと手を振りながら踵を返した。
「同じ仕事をするんだろ? 一緒にやらないか?」
「冗談でしょ。あんたと連んで、ろくな目に遭った事がないのに」
 いささか厳しい捨て台詞を残し、ニーナは倉庫の外の方へと離れていった。以前、何度かニーナとは組んで仕事をしたことがあるが、きっとそれらの事を言っているのだろう。金にならない、割に合わない、二言目にはその台詞が出ていたのは今でも鮮明に思い出せる。
「うーん、何だか怪しまれてしまいましたね」
 アーリャは腕組みをしながら、残念そうに小首を傾げる。
「初対面で、あんな挨拶をされればな」
「別に、嘘を言ったつもりは無いんですけど」
「俺は世直しなんて、始めたつもりはないぞ」
 とは言いつつも、確かにニーナはアーリャを随分訝しんでいた。人並み以上に慎重な性格をしている事もあるが、俺の考え過ぎでなければ、まるで違和感に心当たりでもあるかのような態度だった。
 ニーナはどこかでアーリャの事を知っていたのだろうか?
 そんなもの、取り敢えず訊ねてみればいいのだが、今の馴れ合いを断る雰囲気からすると、そう簡単でもなさそうである。