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 翌日、依頼主であるドミニカは村に滞在するという事で、俺達もまた村で過ごす事になった。護衛が役目とは言え、この村は皆ドミニカの味方であるため、さして護衛のため張り付く意味がない。そのため、俺とアーリャは半ば散歩気分で村を歩いてみる事にした。
 やはり農業で成り立っている村だけあり、朝は近隣の牧場や畑へ出掛けているようで、村に人影はほとんど無い。子供達も、村よりは大人達の目の届く牧場周辺で遊んでいるか、もう少し大きくなれば仕事の手伝いをする。都会の喧騒とは無縁の牧歌的で長閑な雰囲気だが、流石にそんな生活に憧れるほど、俺自身枯れている訳でもなかった。
「ここは良い村ですね。こういう雰囲気を見ていると、とても心が落ち着きます」
 二人連れ立って村を歩いている中、そうアーリャはどこかで聞いた風な事を口にする。
「そうかも知れないな。まあ、俺には刺激が足りなくて、すぐに退屈してしまいそうだが。お前には丁度良いのかもな」
「まさか。そんなにのんびりはしていられませんよ。私達には、世直しの旅をするという大きな使命があるじゃありませんか」
「同意した憶えは無いんだがな」
 アーリャの旅する目的は、世の中の不正悪行を正すこと、などという夢見たようなものだ。そう言えば、何故か俺にそれを付き合わせるのが目的で、こうして同道する羽目になった経緯を思い出す。
 ふと、昨夜のニーナとの会話を思い出す。かつてのアーリャは、俺やニーナと今回のように護衛の仕事をし、その中で命を落としたという。では、今ここにいるアーリャは別人かと言えば、別人にしてはあまりに似過ぎているため、本人か別人かは分からない。ただ、性格は今と異なっている。
 かつてのアーリャは、とにかく敵味方関係無く優しく接していたそうだが、今のアーリャはとにかく悪という悪に容赦がない。かつて悪人に殺されたから悪に厳しくなった、と解釈出来なくもないが、そもそも死んだ人間は生き返らないし、ニーナに聞いた限りでは九死に一生を得られる余地も無さそうである。では、今ここにいるアーリャは一体何者なのだろうか?
 あれこれ想像を巡らせて悩むより、さっさとアーリャに訊ねれば手っ取り早いのだが。ニーナの口止めの事もあるが、どうにもアーリャから感じる得体の知れなさが、俺にそれを躊躇わせる。それに、問題はそれだけではない。俺自身もまた、その時の記憶がすっぽりと抜け落ちている上に、当時と今とでは性格が変わっているという。どこまでが正確かは分からないが、少なくともニーナにはそんな事で俺を騙す理由が無い。
「レナート? どうかしましたか、そんなぼんやりして」
「ああ、いや、何でもない。それより、お前の方は体調は良いのか?」
「もちろん。美味しい食事を御馳走なった上に、一晩ぐっすりと眠りましたから」
 昨日のアーリャは、とにかく様々な魔法を駆使し、普段の気の抜けた印象を吹き飛ばす大活躍を見せた。その分体力を消耗したため、夜には意識が半分は無くなって歩いている状態だった。アーリャの駆使する数々の魔法、中には失伝した禁呪すら含まれているが、それらを自由自在に使いこなす程の体力が無い。それは本来なら相当に不自然な事だ。まるでどこからか与えられたかのように、自身の体力と知識が釣り合っていない。
「ひとまず、今日はこのままゆっくりと過ごす事にしよう。この先、休む暇も無いだろうからな。休める時に休んでおく」
「どうせ暇なら、近隣に犯罪者でもいないか、捜索しに行きましょう。この村の人達のためになりますよ」
「あのな、もう少し状況を考えろ。依頼主がこれから何をしようとしているのか、ちゃんと分かってて言ってるのか? そんな目立つ動きなんかして、せっかくの潜伏元がバレたらどうするんだ」
「私は、悪には屈しませんよ。私は負けません。私には、それだけの力がありますから」
 自信満々で答えるアーリャの真っ直ぐな眼差しに、俺は頭痛を覚えそうになった。アーリャが今の事態を正確に把握していないのは想定内として、宣言通り力業で何とか出来てしまうのがたちの悪い所だ。義戦がどうこうと言ってはいたが、アーリャの目的はあくまで自分にとっての悪人を殲滅する事であって、極端な話依頼主の事情は二の次三の次なのだ。
「とにかく、だ。俺達は、金を稼ぐために依頼主から仕事を請け負っている立場だ。依頼主の意志を尊重しなければならない。そこに水を差すのは契約違反、良くない事だ」
「分かっていますよ。私の事情は、あくまで行動指標、大前提みたいなものですから」
 本当に分かっているかどうかは疑問だが、俺の言うことに従ってくれる間は何とかフォロー出来るだろう。
「ですが、討ち入りをするならば、私達だけで早急に行いませんか? 善良な村人を危険に晒す事もないでしょうに」
「事情はどうあれ、武力蜂起なんかした時点で、善良ではないんだぞ」
「それは人間の考えた法律に照らし合わせた判断です。そんな物は関係ありませんよ。きちんと己の良心に従えば、何が善で何が悪なのか、すぐに分かるはずです」
 断言するアーリャの表情には、まるで迷いや躊躇いというものが無い。人治主義を正しいと本心から言っているのだ。
 これが、あの恐ろしい魔法を駆使して、自らが悪と断じた者を裁いた人間だ。一般人とかけ離れた常識を持つ事に、改めてアーリャの得体の知れなさに怖さを持った。
「レナートも、本当は分かっているはずですよ。だから、こうして依頼主に力を貸しているのでしょう?」
「違う。俺は依頼料と、自分の名声のためだ。割に合わなくなったり、目的から離れるようなら、何時だって降りるつもりだ」
「私は分かってますよ。そんな事を言って、結局は最後まで付き合うんですから」
 そうだ、俺はそうやってすぐに情にほだされ、貧乏くじを引いてしまう。だからずっと割に合わない仕事ばかりして、組んでいたニーナにも愛想を尽かされたのだ。自分の名前を売りたいという目的は変わらないが、今後はもっとシビアに立ち回らなければならないだろう。もっとも、それはずっと前から意識はしていた事であって、尚且つ未だ実践出来ていない事だ。
 そう言えば、俺はどうやってニーナと別れたんだったっけ?
 今になってそんな事が気になる。だが、よほど嫌な思い出なのだろう、なかなか思い出すまでには至らなかった。