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 翌日の昼過ぎ、俺達はドミニカに呼び出され、ドミニカの客室へと向かった。そこには何人かの男達が集まっていて、いずれもただならぬ雰囲気を放っていた。この状況に俺は、例の一斉蜂起の算段がついたのだと、即座に察した。
「すみません、突然お呼び立てしてしまいまして」
「いえ、構いませんよ。それより、これは」
「はい。こちらの皆さんは、近隣の村々からお越し下さった、代理人の方々です」
 一昨日にドミニカは近隣の村々に向けて、武力蜂起を促す檄文を送っている。つまり彼らは、それに対する村長からの回答といった所だろう。
「俺達の村の村長は、ドミニカ様に賛同します。今、村中が一丸となって準備を進めている所です。文にあった通り、あの日時には必ず駆けつけますよ」
「うちだって同じだ。もうハリトーンの横暴には黙っていられねえ。このままじわじわ首を絞められるよりは、今ここで一矢報いてやるつもりだ」
「こっちだって負けてねえぞ。ハリトーンの奴、必ず首に縄を結わいで引き摺り回してやる」
 そう熱く語る彼らは、いずれも武力蜂起という後戻り出来ない手段に対して、もはや何の躊躇いも無かった。それだけ、件の改正農地基本法というものの存在が、彼らの生活を脅かすに至るのだろう。
「私達は、今夜から移動を開始します。決起する日は三日後の早朝、それまでに集まった方々で決行するつもりです。レナートさん、あなた方は如何いたしますか? 事が事だけに、私としてはこれ以上無理強いをするつもりは無いのですが……」
「ええ、もちろんお付き合いいたしますよ。こちらとしても、こういった戦いに加わる事は大切な事と思っていますから」
 ただし、あくまでそれは売名的な意味で、である。それに、旗色が悪くなったらあっさりと逃げ出すつもりでもいる。そう、そのくらい打算的に振る舞おうと決心したばかりなのだ。
 そして、場に集まっている顔触れを見ていると、その中にニーナの姿を見つける。彼女もまたドミニカに寄り添うような形で居る所から、どうやらこのまま同行するようである。俺は、これ以上は付き合わないだろうと思っていただけに、この中に依然と居るニーナが意外だった。
「ところで、今後は具体的にはどのように動くのでしょうか。プランがあるのでしたら、お聞かせ願いたいのですが」
「分かりました。それでは、説明させて頂きます」
 ドミニカは自分の前方へテーブルを持って来させると、そこに地図を二枚広げた。その内一枚はこの近辺の略地図、もう一枚はどこかの街の見取り図のようだった。
「我々はこの後、村を出て西進し、この保養地へ向かいます。ここは静養目的に拓かれた町で、ここにハリトーンが数日前から滞在している事が分かっています。このまま月内はここにいるでしょう。ですので、その内に決着を付けるつもりです」
「その具体的な日時というのが、明後日という訳ですか?」
「あくまで指標の予定ですが、そう捉えて頂いて構いません。特に差し迫った状況にでもならない限り、決行は明後日です」
 その時までに、この保養地に集まった面々で武装蜂起を行う。そしてそれと同時に、領主ハリトーンを襲撃するのだ。
 普通に考えて、一領主を襲撃するなんていうのは、国家を揺るがす大犯罪だ。けれど、その上でこちらの正当性を世に知らしめる事が出来たらどうだろうか。それこそ、この領主の横暴ぶりが知らしめる事が出来れば、世論は一気にこちらへと傾く。そうすれば、しめたものだ。首謀者はドミニカだろうが、それを支えた一人として、俺の名前も必然的に広まるのだ。そう、それはまさに長年俺が待ち続けてきた、自らの躍進の瞬間である。
「日が落ちるのを待ってから移動します。今の内に準備をお願いいたします」
「移動用に、こちらでも馬車を一つ用意します。農耕用の物ですが、皆さんも乗って行けるほど大きいものですよ」
 村長の孫がそう伝える。馬車はともかく、移動するならやはり日が落ちてからが一番良いだろう。幾ら憲兵と言えど、相当な土地勘が無い限り、明かりも無しに山中を捜索など出来るはずかない。逆にこちらとしては、そういった明かりは、連中の居場所を先んじて知れる良い目印になる。
「ちなみに、今回の蜂起に当たって参加者はどのくらいになるのでしょうか? 概算でも」
「そうですね。少なくとも、三百は下りません。参加する村もまだ増えていくでしょうから、最終的には五百を超えるかも知れません」
「となると、かなりの大人数が動くことになりますね。我々が何かしら動きを見せている事は、待ち伏せや検問所を設けている以上、向こうも多かれ少なかれ認識はしているはず。だから、かなり厳しい取り締まりが行われるのではないでしょうか?」
「皆、それについても承知済みです。どの道、何もしなかった所で、じわじわとなぶり殺されるようなものです。元々、退路など無いのですから、そういった危険も承知の上で参加しているのです」
 つまり、農村の人間達は完全に捨て身、刺し違えるつもりでこれに参加するのだろう。それくらいあの改正法は、彼らの生活に強い影響を及ぼすという事だ。
 これは、かなりの死傷者が出てしまいそうだ。
 それを考えると、ただの売名手段としか思っていない俺の姿勢は、かなり浮ついたものに見えてくる。
 果たして、ただの善意の第三者のままで良いのだろうか? そんな疑問が頭に浮かんだ。