BACK

 日が傾き、影が長く伸びるようになった夕暮れ時。俺達は村外れから、林に身を隠すようにして出発した。ドミニカは自分の馬車に、俺達は村の馬車で先頭に立って進んだ。村の馬車は農耕用とあって、荷馬車に幌を付けただけの質素なものだった。緩衝材など付いている訳もなく、当然だがあまり乗り心地の良いものではない。それでも、さほど速度を出している訳ではないので、我慢する分には苦労は無い。
 馬車には俺とアーリャの他に、近隣の村からやって来たそれぞれの代表達が乗り込んでいる。いずれも、深刻な表情をしたままじっと座っていて、気軽に声もかけにくい雰囲気だった。これから領主と一戦交えるだけあってか、刻々と静かに闘志を燃やしているのだろう。
 俺とアーリャは、ドミニカの馬車が一番見やすい馬車の入り口辺りに陣取り、ぼんやりと後に続くのを眺めていた。この辺りは地形も複雑で、これから日が落ちれば更に自分の位置が分かり難くなる。まず敵に襲撃される心配は無いと思うと、どうにも気が緩んでしまう。
 このままこうして暇をもてあそぶのも飽きてきた。そう思った俺は、何の気なしにアーリャへと話し掛けてみた。
「ニーナは残ったんだが。やっぱりお前も、意外だと思うか?」
「それはどういう意味でしょう?」
「ほら、ああいう金にがめつい女が、こういう危険な事に関わるのは意外じゃないのかって意味さ」
「昔の彼女の事は知りませんが、きっと正しい事を成す素晴らしさに目覚めたのでしょう」
 そんな可愛い思考の女では無いのだが。まあ、アーリャにしてみれば、そういう基準でしか判別出来ないのだろう。
「そう言えば、お前。ニーナとは、今まで面識は無かったんだよな?」
「ええ、そうですけど」
 しかしニーナはアーリャの事を以前から知っている。そればかりか、同じ仕事をした上に命まで救われている。アーリャは何故その事を憶えていないのか。
 仮に、アーリャにとってそれは日常の一部であって、いちいちそんな事まで憶えていないだけだと仮定したのなら。それでも、面識があるかどうかなんて質問をされたら、よほどの事が無い限りは断言はしない。普通は自分が忘れていると疑って、思い出そうとするはずなのだ。断言出来るということは、本当に知らないのか嘘をついているかの二種類。けれどアーリャには、そもそも嘘をつく理由などない。それに安易な嘘は、アーリャの信条上、絶対についたりしないだろう。
「ニーナは、以前にお前に似た奴と仕事をした事があるそうだ。それで最初は少し戸惑ったという」
「そんな事もあるのですね。まあ私なんて、何処にでもいそうな平凡な人間ですから」
「ちなみに、兄弟はいないのか?」
「私にとっては、人間皆兄弟ですよ」
「そういう意味じゃない。そもそもお前の実家、親兄弟はどうなっているんだ? 家族構成とかさ」
「家族、ですか」
 そこで唐突に、アーリャは今まで聞いた事も無い程に声のトーンを落とした。如何にもこの話自体に気が進まない、とでも言いたげな様子だった。
「私の家族については、話したくはありません」
「ああ、すまない。何か込み入った事情があるんだな」
「そういう訳でもありませんが……ただ、これを打ち明けるには、とても強い決心が要るのです。打ち明けるに足る存在かどうか、そういった決心が」
 まるで、俺には信用が無いと言っているようにも聞こえる。今までこれだけ勝手に付きまとっていながら、なんて身勝手な言い草だろうか。怒りや落胆よりも、むしろ呆れの方を強く感じた。
「まあ、別にいいけどな。そこまで興味がある訳じゃ無し。それよりも、これからの事の方を考えておいた方がいいな」
「これからの事ですか? 状況はシンプルじゃないですか。悪い領主を成敗し、皆さんの暮らしを守る。それだけの事です」
「一応言っておくが、襲撃自体は法律に反する事なんだぞ」
「大事なのは、人の作った法律がどうこうではなく、その行いが正しいか否かです。私は、その正しくない存在を成敗する事、これを世直しの基準としていますから」
 善悪の基準が、法律ではなく自分自身の善悪という事。端から聞いていても、非常に危なっかしい考え方だ。
 いわゆる革命家気取りと同じ発想である。善悪の基準は自分がどう思うかであり、法律を尊ばず、目的のためなら他人へ迷惑をかける事を何とも思わない。その上アーリャは、たった一人でもちょっとした部隊並みの戦力を持っている。考えてみれば、今までアーリャが政府などに目を付けられて来なかった事が奇跡的なのだ。アーリャが持論通りに魔法を行使し続けて来たら、とっくに危険人物として警戒されている。
「とにかくだ、あまり目立つような事をするんじゃない。俺達はあくまで裏方なんだ。この戦いは彼らのものであって、決して俺達が目立つためのものではない」
「なるほど。正義は自ら勝ち取らなければならないのですね。分かりました、あくまで後方支援に徹しましょう」
 そうアーリャに諭しつつも、早くも口で言っている事と自分の目的が乖離し始めたと、俺は思った。人に目立つなと言っておきながら、俺は自分の名を華々しく売る事を考えている。
 これは果たしてアーリャの言うところの悪行、不義理なのか。そんな事を思った。