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 夜も更けて来ると、日中はこれと言った動きは無かったが、一転し次々とこの別荘を訪れる者が現れた。いずれも近隣の村から集まった者達で、今回の一斉蜂起への参加者だ。簡単な身元確認だけ行って中へ入れるのだが、あっと言う間に一階部分は埋め尽くされてしまった。ドミニカは二階の別な部屋へと移し、俺達は警護として近くへ付く。人の群から離れはしたが、彼らの熱気は二階へいてもひしひしと伝わってくる。それは単なる体温ではなく、この一戦に全て投げ打ったみせるという気概や闘志だ。集まってきたいずれもが、これほどの覚悟を決めてきているのは頼もしい限りではあるが、やはりどこか悲壮感を含ませている事は他人事ながら心苦しく思った。
 何するでもなく、ただじっと佇んだまま、精神の集中を図る。こういった荒事には慣れているが、流石に領主に矛先を向けるのは初めての経験である。何が起こるのか分からない事よりも、その後にどうなるのかが想像もつかず、不安はその方が大きい。けれど、身の安全を優先するという考えには不思議とならなかった。おそらく、巧名心が不安を上回っているせいだろう。我ながら大胆な選択をしたと思う。
 そんな考え事に耽っていると、おもむろにアーリャが現れた。
「なんだ、また何処かへ行ってたのか?」
「はい、ちょっと敵情視察に」
 そう微笑みながらあっさり答えるアーリャ。俺は慌てて周囲に聞かれていない事を確認すると、アーリャを人気のない廊下の隅へ引っ張って行った。
「お前な……またそうやって勝手な行動を取って、一体何を考えてるんだ?」
「だって、敵の情報は必要でしょう? この戦いに勝つために、私達裏方は最善の努力でサポートをしないと」
「必要かどうかの話じゃない。勝手な行動を取るな、と言ってるんだ。必要だと感じたら、まず俺に相談してからにしろ」
「いちいちレナートの許可を取らないといけないのですか? 何だか煩わしいですね」
「万が一にでも、こちらが行動を開始する前に向こうに気取られでもしたら、今回の計画は全て水の泡なんだよ。怪しまれるだけでも問題なんだ」
「ああ、奇襲にならないって意味ですね。でも、大丈夫ですよ。私達のこと、もうとっくに向こうにはバレてましたから」
「は?」
 アーリャが何気なく言い放ったその言葉に、俺は反射的に問い返した。
「ですから、領主一派は私達がここに集まっていて、明日早朝に武装蜂起する事を知ってるという事ですよ。今丁度、迎撃の準備をしている所です」
 まさか、こちらの動きが筒抜けだったとでも言うのだろうか?
 それが本当だとして、そうなると明日の武装蜂起は極めて危険である。こちらは相手の不意を打つつもりで奇襲を仕掛けるのだ。それを準備万端で迎え撃たれれば、奇襲の利は無くなる。普通に正規兵とぶつかり合えば、全滅は必至だ。
「連中は、どこまで俺達の事を知っている?」
「全部ですよ。開始時刻や襲撃場所、私達が陽動で別働隊がいる事まで全てです」
 陽動作戦は、今日決まったばかりの事だ。そこまで事細かに迅速に知られているとなると、やはりこの町に入る前から知られていたに違いない。町には霧のおかげであっさり入ることが出来たが、その実際は単におびき寄せられただけだ。そうなると、やはり連中の狙いはやはり我々の一網打尽以外考えられない。このまま作戦を決行しても、みすみす罠にかかりに行くようなものだ。
「そういう事ですから、ドミニカさんにお知らせに参りましょうか」
「まあ、そうだな……」
 せっかく明日の決行に向けて意気揚々としている所に、水を差す事はしたくはないが、こればかりは仕方がない。俺はアーリャと連れ立って、今は二階の奥の部屋に居るドミニカの元へ向かう。中へ入ると、ドミニカは何やら書面を広げて作業に没頭していた。その傍らにはニーナが警護としてついていたが、俺達に気付くなり視線を背けられてしまった。
「ああ、レナートさんでしたか。どうかされましたか?」
「ええ、ちょっと。実は問題が起きまして」
「問題ですか? では、皆さんを集めてから」
「いえ、ここにいる我々だけの限りで」
 重要な事なら周知させなければ、と思っているのだろう。ドミニカはやや不思議そうな表情で小首を傾げる。
「実は、アーリャが敵の情報を掴みまして。どうやら、こちらの事を向こうに知られているようなのです」
「知られているとは……この場所の事をですか?」
「それだけではありません。明日の襲撃の、その子細までもです」
 この言葉にドミニカが、目に見えて青ざめていくのが分かった。やはり彼女も、ここまでは予定通りに事が進んでいたと思っていたのだろう。
「ですので、明日の作戦を練り直さないといけません。それも、また知られぬように我々だけで極秘裏に」
「そうですか……」
 ドミニカはぼんやりした返答をしながら、頭を抱えてがっくりとうなだれる。やはり相当なショックだったのだろう。そう俺は思ったのだが、ドミニカはすぐさま勢い良く顔を上げながら立ち上がった。
「それも必要ですが、先にしなければならない事があります」
「しなければならないこと、ですか?」
 いささか彼女の意表を突いた勢いにたじろぐ。真っ向から見てしまったドミニカの表情は、既についさっきまでの蒼白の表情では無くなっていた。
「作戦の内容まで知られているという事は、集まった皆の中に内通者がいるという事ですね?」
「残念ですが、そういう事になります。ですから、その誰かに知られぬように新たな作戦を考えなければ」
「その前に。内通者を見つけ出し、しかるべき処断を行う必要があります」
 処断。あまりに重いその言葉がドミニカの口から出て来るとは思っておらず、俺は驚きでたじろいでしまいそうになった。
「処断、ですか? 何も今は……」
「私達の宿願を妨害するような存在は、何人たりとも容赦いたしません。それに後顧の憂いは絶っておくべきでしょう。アーリャさん、お手数ですがあなたの魔法で特定を手伝っていただけますか?」
「ええ、もちろんです。不正や悪行の輩は、処断するしかありませんからね」
 アーリャは即答する。そうだ、こういう件はアーリャにとっても処罰するべき対象なのだ。