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 ふと気が付くと、俺は薄暗く息苦しい部屋の中にいた。依然として体は縄で縛られていて、自由に身動きが取れない。何とか上体だけを起こし、微かに漏れ入る光を頼りに辺りを見回す。部屋の中には、木箱や古いガラクタばかりが転がっていて、ここは納屋にでも使われていた部屋である事が想像出来た。
 あれからどれだけ時間が経っているのか。隙間から入る日の色からして恐らく、夜明けを迎えた頃合いにはなっているだろう。気温もまださほどに上がってはいない。
 ゆっくりと最後の記憶を辿っていく。昨夜俺達は、今回の蜂起に参加した一同を広間に集め、そこで裏切り者の断罪を行った。いや、あれは断罪というよりも一方的な殺人に近いと思う。ドミニカやアーリャは相手の言い分になど全く耳を貸さず、結局はあの場で殺めてしまった。アーリャが右手から放った赤い不気味な光があの男を締め上げ、そのまま男は何度もえびぞりながら声にならない悲鳴を上げ動かなくなった。臓器の動きを強制的に止める、アーリャはそんな事を言っていた。
 そして、俺はその事を強く抗議した。あんな一方的な殺し方など間違っている。そう主張したが、記憶はそこで終わっている。おそらく、その直後にアーリャの魔法にかかったせいだ。そして、今はこうして狭苦しい部屋に押し込められているの事を考えると、いよいよ俺が小煩くてたまらなくなったといった所だろう。
 これまでもアーリャと意見が衝突する事は多々あったが、これほど力ずくの手段を取られたのは初めての事だ。俺には納得して欲しかったと言っていたが、今までは本当にその意思があったから、力ずくで従わせるような事はしなかったのだろう。それだけに、ここまでして組織を裏切らざるを得なかったあの男を殺めた事に、少なからずショックを受ける。
 アーリャは善を語るが、決して善人では無かった。それでも筋の通らない事はしないはずだと信じていた。あいつと俺の認識にここまでの差があると知って、とても穏やかな気持ちにはなれない。
 さて、これからどうしたものか。
 アーリャがあの男を殺そうとした事は、結局止められなかった。次の目的は領主の別荘へ乗り込む事だが、あの男の密告により間違いなく罠が用意されているだろうが、アーリャが居る以上は何の意味も無いだろう。文字通り、アーリャ一人で片が付くのだ。そうなると、急に今回の案件へのやる気が萎み、熱意も冷めてしまった。せっかく、世間に広く自分の名を売るチャンスだったのだが。活躍したのがアーリャ一人の上に、内輪もめで人を一人死なせているのだ、悪評が広まる可能性の方が大きいだろう。つまりこれ以上関わったとしても、俺の目的はもはや果たせないものになったのだ。
 このまま逃げ出す事も考えたが、アーリャと縁が切れるのは構わないのだが、仮にも依頼主を放ってしまう事は少なからず抵抗がある。こう監禁された時点で義理も何もあったものではないのだろうが、中途半端に物事を投げ出す事は好きではないのだ。
 ともかく、現況をどうにかして知り、それから今後の方針を判断しよう。そう考えた時だった。
 おもむろに扉の外から金属を擦る音が聞こえてくる。やがてごとりと何かが落ちたかと思ったら、扉が外から開けら何者かが現れる。
「レナート、目は覚めてるわね?」
 それはニーナだった。ただ、普段とは違って血相を変えており、随分と所作に余裕が感じられなくなっている。
「ああ、今さっきな。どういう状況なんだ?」
「とにかく酷いわ。私じゃもう手に負えない」
 そう言ってニーナは、俺の体を縛る縄を短剣で切り始める。
「ドミニカとアーリャは、みんなを連れて領主の別荘やらへ向かったわ。今、憲兵の一隊と交戦してるけどほとんど一方的な展開よ。アーリャのせいでね」
 やはりアーリャが憲兵達を手玉に取っているようだ。しかしその割に、あのゴーレムの時に起こしたような派手な地響きは聞こえて来ない。ああいった派手な魔法は控えているのだろうか。
「お前は行かないのか? ドミニカの護衛役を買って出てたのに」
「もう、付き合い切れないのよ……!」
 吐き捨てるような、ニーナの口調。珍しく感情的な様子に少なからず驚きを覚える。
「付き合い切れないって、一応は依頼主だぞ」
「そうじゃないわ。付き合い切れないのは、アーリャの方よ」
「アーリャが?」
 ニーナは、真剣な眼差しで俺の顔を真っ向から見据えて来る。
「どうして? 本当に何も憶えてないの?」
「何の話だ?」
「やっぱり、何も憶えてないのね。こうなったのも、やっぱりアーリャのせいよ……!」
 一体何がアーリャのせいだと言うのか。そもそも、アーリャのせいで思い出せないとか、俺にはまるで見に覚えのない話だ。俺はアーリャと会ってから、まだそれほど日は経っていないのに。
 いつになくヒステリックになっているニーナをなだめすかしながら、俺はどうしてニーナがこんな事を言い出しているのかをしきりに考えた。だが、どう頭を捻った所で思い当たる節は見つからない。一時的な混乱だろうか、とすら思えてしまう。
 やがて体を縛っていた縄が切り解かれると、ニーナは俺の突然と胸倉を掴んで詰め寄ってきた。
「レナート、私と一緒に逃げるわよ。あんな奴、これ以上関わっちゃいけないわ」