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 死んだはずのアーリャが、生き返った?
 真っ先に頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。常識では有り得ない事だけれど、アーリャならもしかしたら有り得るのかも知れないという期待を抱いていたのも事実だ。そのせいか、この状況には疑念よりも喜びの方が強かった。
「お前、アーリャなんだよな?」
 念を押すように、そう声に出して呼び掛ける。こんな非常識な事を起こせる人間は、他に居るはずがない。それが分かっているにも関わらず、俺は言葉にせずにはいられなかった。
 俺の言葉を受け、アーリャはゆっくりとこちらを振り返る。理由は分からないが、今のアーリャは全身からぼんやりと柔らかで幻想的な光を放っている。普段の俺ならその理由を問い質すだろうが、今はそんな事などどうでも良かった。死人が蘇ったのだからこんな事もあるのだろうと、その程度にしか考えなかった。
「ああ、レナート、でしたね」
 そう答え、にっこりと微笑むアーリャ。相変わらず危機感も緊張感も無い世間ずれした雰囲気に安堵しそうになるものの、すぐさま今の反応に強く違和感を覚えた。それほど長くも短くもない付き合いだが、まるでこちらの顔と名前を確認するような仕草をしたように思えたからだ。
「体はいいのか?」
「ええ。少し手間取りましたが、無事に修復は終わりましたよ」
「死んだのに、どうやって自分を治すんだ? それとも、死んではいなかったのか? 自動で全て元通りなんて、そんな都合の良い手段でもあるのか?」
「ああ、それはちょっと違います。私は、壊れた所を元に戻しただけであって。完全に元通りという訳ではありません」
「どういう事だ? なら、今はどうなっているんだ?」
「えっと、その前になんですけど。私はアーリャではありません」
「何……?」
「いきなりこんな事を言われても、正直戸惑いますよね。ちゃんと一から説明いたしましょう」
 以前からアーリャは、突拍子も無い事をいきなり口にしては人を唖然とさせて来たのだが。流石に今回の言い回しは、これまでの経緯といい、今の状況といい、言葉を失うには十分過ぎるほどだった。
 からかわれているのだろうか。初めはそう思ったが、アーリャが人をからかって悦に入る事などこれまで一度も無かった。だからこそ、尚更たちが悪いとも言えるのだが。
「まず、私について説明しましょうか。ただ、少々突拍子の無い話なので、俄かに受け入れて頂けるかどうか」
「突拍子も無い話など、いつもの事だろう」
「そうでしたか。今度はもっと慎重にならないと」
 そうわざとらしく頷くアーリャ。何故、他人事のような言い回しなのだろうか。先程からそこが気になっている。
「実はですね、私は神族の内の一柱なんですよ」
「神……族?」
「人間で言う所の、天上界という所ですか。そこに住む一族の事です。なので正確に言えば神というものではないのですが、まあ皆さんからすれば、そう見えなくもないでしょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じゃあお前は、レト教の神なのか?」
「いいえ、違います。そもそもレト教というのは、一神教ですし。あれは我々一族の中の一人を、それらしく崇めているだけですよ。しかも、あの教典というものは酷い内容です。ほとんどが改変に改変を重ねた、全くの別物ですよ。もっとも、本人はいたって興味が無いようですが」
 とにかく、落ち着かなければ。そうしないと、パニックを起こして思考を止めかねない。
 次から次へと飛び出した内容は、ほとんど俺には信じられるようなものではなかった。ただ恐ろしい事に、どんなに突拍子が無くとも反論する事が全く出来なかった。それは、アーリャの放つある種の神々しさによるものかも知れない。そのせいで、気が付けばその言葉を受け入れさせられていた。
「お前が神の一族という事は分かったが。死んだのに生き返ったのも、そのせいか?」
「正確には、生き返ったという訳ではありません。あなたの言う所のアーリャは、存在としては既に消滅しています。私は、アーリャとは別人ですから」
「もっと具体的に言ってくれるか。お前はアーリャじゃないとは、だったらどういう事になるんだ?」
「アーリャとは、私が作った分身なんですよ。姿形は多少私に似せました。ただ、幾ら私でも無くなった物は戻せないんですよ。同じ物は作れても、元には戻せない。そういう意味で、アーリャは消滅したと言いました」
「アーリャが消滅したとは、つまりは死んだという事か?」
「その通りです。直したのは体だけです。魂までは戻りません」
「じゃあお前は、治したアーリャの体に取り憑いていると?」
「自分の所有物なので、取り憑いている訳ではありませんけれど。まあ、概ねそんな所です」
 理解しようと努力したが、返ってきた答えは予想以上に事態の突拍子の無さを示すものだった。
 アーリャが神の一族とやらに作られた存在だというのは、むしろ信憑性がある。人間離れしていた部分は全て、そのせいなのだから。そして、その神とやらがアーリャの体に入っているのも分かる。これまでとは違う、どこか近寄り難い神々しさがあるからだ。
 なら俺は、一体何に納得がいっていないのか。
 少しだけ考え、そして程なく答えに辿り着く。そう俺は、あのアーリャがもはやこの世に存在しないという事を受け入れたくなかったのだ。