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「レ、レナート! 起きて!」
 突然聞こえてきた悲鳴と、俺を呼びつける追いつめられた声に、俺は無理やり目を覚まさせられる。飛び起きるのと同時に、一体何事かと身構えつつ、既に朝日の射し込んでいる周囲を見渡した。
「何だ? どうした」
「どうしたじゃないわ! あれ!」
 ドミニカを背に庇うように身構えるニーナは、短剣を逆手にしたまま、俺の前方を示す。
「えーと、どういう事でしょうか?」
 その先では、アーリャがきょとんとした表情で頭をかいている。いつもののんびりとした口調と、状況を瞬時に把握できない頭の回転の悪さが、緊張する二人の警戒心を煽っているようにも見えた。
「ああ、そうか……そうだったな」
「何を落ち着いてるの!? いい加減寝ぼけてないで、しっかりして!」
 怒るニーナに対して、俺は思わず吹き出してしまいそうになる。そう必死になる理由もないのだが、やはり今までの経緯からして彼女がアーリャに対して抱く感情は、まさにこれなのだろう。仕方のない事と言えば、仕方のない事である。
 アーリャの姿を見て、ようやく昨夜の出来事が夢ではなかった事を実感する。神を名乗る者と話をしただの、普通に考えれば世迷い事としか受け取って貰えない。だが、それが間違いなく事実である証左が目の前にある。この事実はそのままに受け取らざるを得ないだろう。
「あの、すみませんが。私にも事情が良く飲み込めていないんですよ。ここはどちらで、あなたはどなた?」
「ああ、それは知っている。取りあえず、何もしないでそこら辺にいろ」
 アーリャを少し離すと、俺は未だ警戒心を露わにしている二人の下へ歩み寄った。
「まず、それはしまってくれ」
「ちょっと、あれどういう事なの? なんでアイツ生きてるの? しかも、怪我も何も全て元通りじゃない」
「ああ、少し事情があってな。何というか、まあアレは別に害はないさ。そんなに警戒しなくてもいい」
「害は無い? あんた、今まで自分が言ってたこと忘れたの? いつも迷惑してるって愚痴ってた癖に」
「それとこれとは意味が違う。とにかく、事情は後で詳しく説明するから。今は一旦収まってくれ」
 以前からアーリャを胡散臭がっていただけに、このアーリャに対する警戒心は並々ならぬものがある。そして今朝のアーリャは、突然と生き返った上に言動もおかしくなっている。むしろ、警戒するなと言う方が無理な話だ。だがニーナは、こちらの説得に何とか応じ、渋々短剣をしまう。それでも警戒心は強く、決して近付こうとはしなかった。
 一旦ニーナが落ち着いた事にして、今度はアーリャの方へと歩み寄る。相変わらず緊張感が無くぼんやりと草木ばかり眺めているが、何となくニーナ達には警戒されている事に気付いているようだった。変に聡い所があるのも、以前のアーリャのままだ。
「取りあえず、あっちで少し今後について話し合おう。お前もどうせ、行く宛は無いんだろう?」
「はい、御親切にありがとうございます」
「まあ、その、何だ、気にしなくていい」
 にこにこと微笑みながら話すアーリャを、俺はまだ真っ直ぐには見られないでいる。後ろめたさがある訳でもなく、生い立ちに偏見を持っているつもりもない。おそらく、逆に気を使い過ぎているのだろう。その意識がある限り、アーリャとは今までのようには話せそうにない。
「それで、これからはどうするのですか? ここは街道近くですけれど」
「一旦その街道へ出て、一番違い港町へ向かうつもりだ。今日中には着きたい所だが、体力は大丈夫か?」
「うーん、私はちょっと自信がありません。ですが、港に急いでいるなら私の魔法でちゃちゃっと行けますよ」
「それはありがたいが……。目立ったりしないよな?」
「大丈夫、任せて下さい」
 そう胸を張るアーリャだったが、今まで本当に大丈夫だった試しが圧倒的に少ない以上、一抹の不安は拭えなかった。が、移動にあまり時間は掛けたくない状況下にある以上、一か八かでもそれにかけてみるのも良いのかも知れない。
「じゃあ、そうするか。こっちも準備するから、すぐにでも行けるようにしておけ」
「すぐ行けますよ。別に難しくありませんから」
 そう言えば、前もかなり気軽に飛び回っていた事を思い出す。そうなると今の問題は、あの二人の説得になるか。
 特にニーナが警戒する理由は良く分かる。だが、今のアーリャは本当に危険は無いのだ。今のアーリャは、性格を初めとするあらゆる要素が元のままになっているが、俺達に関する記憶だけは一切無い。何故なら、俺がそう頼んだからだ。そもそも完全に戻せる保証が無い以上、半端にするよりもこうした方がずっと付き合い易い。そして、記憶の無い状態から俺達に少しずつ合わさせる。これらが主立った理由だ。
 これが、人間の世界で三度も殺されたアーリャにとって最も良い選択である。そう自負する一方で、自分もまたアーリャを都合良く利用する構図になってはいないだろうか、そんな不安もあった。