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 リゾート地と表向きは銘打たれてはいるが、明らかに異様な雰囲気が漂っている。具体的にどこがどうとか説明するのは難しい、直感的な感覚ではあるのだけれど、今まで何度も窮地を経験した身としてはこういう勘を軽視は出来ない。
 結局は流されるままに契約してしまった別荘だったが、立地といい建物自体はさほどに不満は無かった。よく掃除もされていてすぐにでも住み始められるし、必要な物も一通り揃えられている。また、近隣に住む人の国籍もあれこればらけていて、俺達が目立たないというのも良い。とにかく、当分の間おとなしく隠遁生活を送らなければならない身として、これ以上にない打ってつけの物件なのだ。それだけに、このどうしても拭いきれない違和感のようなものが惜しくてならない。
「レナートはどの部屋にします? 先に決めてもいいですか?」
「ああ、好きにしていいぞ」
 到着するなり二階へ駆け上がっていくアーリャは、完全に行動が子供のそれである。しかし、ここまで乗り気になるのも意外である。以前なら、休んでいないで犯罪者を排除しに行こうなどと急かして来た。この変化も、やはり蘇生の影響なのだろう。
「なんか、随分疲れてるみたいね」
「気疲れだよ、気疲れ。アーリャはともかく、この家のことを考えると、本当に気が気じゃないよ」
 リビングのソファーに座りながら、天井を仰いで溜め息をつく。我ながら愚痴っぽい言動だと思ったが、取り繕う余裕は本当になかった。実際問題、状況は決して楽観出来ないのだから。
「もういっそのこと、開き直って遊んでみたら? 経緯はともかく、建物自体はいいものだし」
「お前までそんな事を言うのかよ」
「休める時に休んどきなさいよ、って話よ」
「休めなくなる事が前提なのか?」
「じゃあどうしろって話よ」
 呆れたポーズをしながら、わざとらしく肩をすくめるニーナ。自分は勝手にするとばかりに、二階へと向かっていった。
 少し前までは、アーリャをあんなに気味悪がっていたニーナだったが、今ではすっかり打ち解けてしまっている。アーリャが何故生きているのか、あの晩に起こったことは俺自身も半信半疑だったが全て話した。だがニーナにしてみれば、それで今までの事に合点が行ったらしい。要するに、信じ難い事ではあるがそれはそういう事なのだと、未知の理屈として割り切っているのだ。未だ心のどこかで、あれはこうではないかと既存の理屈に当てはめようとしている俺に比べれば、遥かに合理的である。
 何にせよ、今気にすべき事はこの建物の詳細である。寝床選びよりも、実態を把握する事の方が先決だ。
 俺は勢いをつけてソファーから立ち上がると、二階へと上がった二人とは反対に一階の奥へと向かった。一階の間取りは、居間に食堂、キッチンに浴室といった、極々当たり前の部屋だけが配置されている。それらを軽く見回してみたものの、特段不自然な点は見受けられない。それから廊下の突き当たりにある入り口から地下室へも行ってみたが、そこも同様だった。幾つかワインなどの酒が置かれているのはサービスだろう。
 基本的な家具や食器も揃っているため、後は食料を買い揃えてくれば住むには何ら不自由しないだろう。確かに、これほど便利な貸家はそうそうない。
 あれは、深く勘ぐり過ぎだったのだろうか? 単に、人気の物件など誰彼にも貸したくはないから、ああいう方針を取っているだけなのだろうか?
 ついぞ確かめられなかった自分の口下手さを悔やみつつ、ひとまず当面は経過観察で居る事に決め込む。何かあれば、その時に対応すれば良い。何もなければ、それこそ騒いだ自分が恥ずかしい思いをする。要するに、深く察するのが面倒、そういう事だ。
 考え事を止めると、途端に張り詰めていた気が抜けて、どっと疲れが押し寄せて来た。俺は地下室からブランデーを一つ持ってくると、居間でそれを飲み始めた。昼間から飲むなどどれくらいぶりの事かは憶えていないが、とにかくこの背徳感が妙に気分を安らげてくれる。そもそも、俺はずっと気を張り過ぎだったのだ。この辺りで気を抜いた方が健康に良いだろう。
 キャビネットにあった大振りのグラスで、まずは一杯目を空ける。すると早くも酔いが回ってきて、体が弛緩していくのが分かった。姿勢を僅かに入れ替える事すら面倒になり、頭の中が霞がかってぼんやりとしてくる。それを心地良いと思う反面、いささかだらしないようにも思う。けれど、一度始めてしまった以上は半端で止めるつもりもなかった。俺はすぐに二杯目をグラスへと注ぐ。
 それを丁度口にした時だった。突然、玄関の方から来客を知らせる金属のノックが聞こえてくる。誰か来客のようだが、当然心当たりなどない。取り敢えず応対しなければならないが、立ち上がるのが酷く面倒だった。それでも何とか立ち上がると、丁度それと同じタイミングで二階からニーナが降りてきて玄関へ駆けていった。
 何だ、とんだ無駄骨だったか。
 そう思いソファーへ持ち上げたばかりの腰を再び落ち着ける。と、その直後だった。
「ちょ、ちょっと待っててくれる?」
 玄関からニーナの声が聞こえる。そしてバタバタと慌ただしく居間へやってきた。
「ねえ、ちょっと! なに飲んでるのよ。大変な事になってるわよ」
「何だよ、急に」
「いいから、ちょっと来なさいって!」
 いつになく強引なニーナに、俺は無理やり玄関まで引っ張られる。一体何事かと訊ねるものの、ニーナは見れば分かるとの一点張りだった。
「……どういう事だ?」
 そして、玄関でそれを見た俺は、困惑のあまりニーナへと問い掛ける。しかしニーナは、分かる訳がないと、首を振って強く否定する。
 そこには、全く面識のない子供が二人、恐る恐るこちらを見上げるように立っていた。そして俺は、最悪のケースの一つを連想する。もしかしてこの子供は、この家の特典、要するに奴隷なのではないだろうか。