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 帰宅後、俺はすぐさま全員を集めると、先程の尾行で得られた情報を皆に説明する。その反応は予想通りで、アーリャは特にこれと言った反応は無し、イリーナとシードルは深刻さが良く分からずきょとんとし、唯一ニーナだけが面倒臭そうに顔をしかめた。
「要するに、この一帯がそういう連中の御用達だったって事なのよね?」
「そういう事になるな。管理しているのはあの組織だけか、他にも複数の組織が関わって仲介しているのかは分からないが。ともかく、近所は全てそういう事だってことだ」
 俺達のように、事情を知らず偶然契約してしまったような奴はいないだろう。だから、いざという時に共闘を願い出ても承諾してくれる可能性は皆無だ。そしてこの事実は、もう一つの可能性を示唆している。
「ねえ、イリーナとシードルの事なんだけど……。もしかして、本当の買い手って」
「もしかすると、そうかも知れない」
 先程俺が尾行した三人組、彼らこそがイリーナとシードルの本当の買い手だったという可能性は充分に有り得る。そして、今朝ここを訪れた組織の使いが、その引き渡し役だったなら。話の通し様によっては、既に彼らには露見しているかも知れない。
「おや、もう動き始めたようですよ」
 これまで特に話し合いに参加する事もなく、ただぼんやりとお茶を飲んでいたアーリャが唐突に口を開いた。
「動き始めたって、誰が?」
「裏手の方々ですよ。先程からずっと監視していましたから。おやおや、かなりご立腹のようですねえ」
 確かアーリャは、そんな遠隔での監視をする魔法を以前にも使っていた。今回もそれと同じものを使っているのだろう。
「やっぱり、さっきの仮説は正解みたいね」
「となると、連中の行き先は当然あそこか」
 契約した内容と違うじゃないか。そんな事を、あの店の強面に叫ぶのだろう。そして、当然そこからイリーナとシードルが未だ此処に居る事が知られる事になる。あのアーリャに洗脳された使いの男が多少の時間稼ぎになるかも知れないが、それが何かの解決に繋がる事はない。
 さて、どうするか。悩み所である。
 アーリャは全く意に介していないが、あの連中に露呈しなくて済むならしない方が良いに決まっている。現状で最も大切なのは、騒ぎを起こさせない事だ。そうすれば、次の手を考える時間が生まれる。
「……捕まえるか」
 そして、俺はぽつりと自分がたどり着いた結論を呟いた。
「誰を?」
「あいつら三人だ。そして、アーリャに説得して貰う。その、まあ、いわゆる、人身売買の愚かさを、だ」
 あの三人さえ騒がなければ、イリーナとシードルの事はしばらく気付かれる事はない。ただ、既に金を払っているであろう彼らを大人しくさせるには、普通の説得では通用しない。穏便かつ確実なのは、アーリャのそれしかないのだ。
「実に良い提案だと思います」
 アーリャは満面の笑みで答える。
「人はすべからく等価値とは限りませんが、少なくとも彼らは他人を値踏み出来るほど稀少な存在ではありませんからね。もう少し己をわきまえられるよう、きっちり矯正しますよ」
「ああ、そうだな。まあ、とにかく頼む」
 心なしか嬉しそうにも見えるアーリャの様子には、いささか不安を覚える。けれど、実際問題アーリャの洗脳が一番手っ取り早く穏便なのは事実だ。少なくとも誰も死なない上に即効性がある。
「よし、それじゃあ俺が三人を誘導しよう。それからこの家に誘い込んで、大人しくさせる。そんな段取りでいいな?」
「そんな回りくどい事をしなくても、私がさっさとやってきますよ」
「まさか、道の真ん中にぶっ倒れた人間を放っておく訳にはいかないだろ」
「すぐに目が覚めますから、大丈夫です」
 そう言ってアーリャは席を立つと、玄関の方へと向かって行ってしまった。流石にそれを黙って送る事など出来ず、すぐさま俺はその後を追った。
 アーリャと共に玄関から出ると、丁度すぐ脇の路地からあの三人組が現れた。俺が尾行していた時は資料に見入って随分期待に満ち満ちていたのだが、今はすっかり表情を変え露骨に苛立ちを見せている。契約と話が違うのは分かるが、ほんの小一時間すら経っていないというのに、何とも辛抱強さの無いものだと呆れかえる。いわゆる金持ちの親に甘やかされて育ったタイプなのだろうか。
「はい、ちょっとすみません。お時間は取らせませんよ」
 アーリャは何の合図も無しに、そんな様の三人の方へ向かって声を掛けながら近寄った。ただでさえ虫の居所が悪い所に、初対面の人間が馴れ馴れしく近付いて来たのだ。三者三様に苛立ちを一斉にアーリャへ向ける。だがアーリャはまるで構う事もなく、一人ずつ淡々と頭を鷲掴みにし、その場へ卒倒させていった。まるで流れ作業のような手並みで、果物の皮でも剥いているかのような鮮やかさだ。
「放っておけば、すぐに目が覚めますよ」
 笑顔で答えるアーリャだったが、俺にはとても笑えない一連だった。そして、この光景に慣れ切った自分に対しても複雑な心境である。