BACK

「それで、うまくいったの?」
 戻ってきた俺に対し、ニーナは何の気なしにと訊ねる。アーリャのする事には一定の信頼があるといった様子だ。
「ああ。ものの一分もかからなかった。あっと言う間に倒れて、あっと言う間に起き上がって、そのまま真っ直ぐ帰って行った」
「もう二度と、悪事は働こうとは考えもしませんよ」
 そう話すアーリャだが、あれほど簡単に人間の考え方を壊せてしまうというのは恐ろしい事だと俺は思う。第一、あれが本当に悪事に当たるのかもあやふやだ。品物には倫理的な問題はあっただろうが、彼らは単に売られていたものを買っただけに過ぎない。いや、アーリャにとっての善悪の基準は、まさにその倫理観にあったか。
「これでしばらくは時間が稼げるだろうが……その間に上手い手を考えないとな」
 イリーナとシードルへ視線を向けてみると、二人は相変わらずおどおどとして顔をうつむけながら身を小さくしている。親に売られてしまった二人は、社会的殺されたと言っても過言ではない。そのため、身の振り方にはかなり制限が掛けられる。国が権利を保証してくれない状態なのだから無理もないが、それでも何とか良い方法を見つけてやりたいものだ。
「良い方法があります」
 唐突にアーリャが口を開いた。まるで俺の心の中を呼んだかのようなタイミングで、驚きで心臓が一度高鳴る。
「何の話だ?」
「ですから、あの組織でしたっけ。潰しちゃえばいいんですよ。同業者も含めて」
「そんな事して、一体何になる?」
「商売として成立しているのですから、今も二人と同じ境遇の子は大勢居るはずです。その存在を、一斉に社会へ知らしめるんですよ。出来るだけ派手に」
 わざと大事にし、出来るだけ大勢の人間の目に晒す。そうすれば、否が応でも世情は動く。そうアーリャは言いたいのだ。
 確かに、その方法には一理ある。連中も顧客も大っぴらに出来ない商売だという自覚があるのだから、あんな回りくどい手続きを取っていたのだ。そこを敢えて表沙汰にしてやれば、潰してしまう事は出来るだろう。完全な根絶は難しいだろうが、二人のような子供の数が大きく減るのは確かだ。
「将来的には良いかも知れないが。でもな、現況の二人の境遇は何も変わらないんじゃないか?」
「世の中には、己の損得を考えず社会奉仕の念を持った善い人もいるものです。持つ者が持たざる者に施す精神、それを期待しましょう」
 アーリャの意見を要約すると、結局の所は組織の撲滅も二人の身の振りも、全て人任せ運任せ、と言うことだ。あまりに希望的観測過ぎる。そう呆れる一方、アーリャが何でもかんでも自分で解決しようとはせず人を頼るようになった事には、少しだけ驚きを感じた。あの蘇生から、完全に以前通りには戻っていないと感じるようになった点は幾つかあるが、これは間違いなく良い変化だと俺は思う。以前よりもアーリャは、人間の善良さに期待しているのだ。
「だったら、わざわざ組織を攻撃するとかしなくてもいいんじゃないの? 目的が、実態を白日の下にさらす事なら」
 ニーナがまるで冷や水を浴びせるかのように、そうアーリャに話した。確かにニーナの言う通り、世論で連中を潰すのなら、大騒ぎにするにももっと安全な方法は他にあるはずなのだ。
「いいえ、世の中は因果応報で成り立っています。彼らにはこれまでの行いの報いを受けて貰わなければ」
 だが、アーリャはきっぱりとそう言い切った。ニーナ特に反論する事もなく、むしろ想定通りの返答だと言わんばかりに溜め息をついた。
 目的と手段を混同した、何やら矛盾を感じてならない言い草である。やはりアーリャは本質的にはアーリャのままで、悪人を攻撃せずにはいられないのだろう。
「ま、いいけどね。やるなら、こっちに飛び火しないようにやってね。顔を隠すとかさ、そういう配慮は忘れないように」
「何で他人事なんだよ」
「報酬が無い以前に、仕事の内容は選ぶものだもの。こんな多方面に遺恨を作る仕事なんて、どれだけ積まれてもお断りだわ」
 そもそも、金を取るつもりでいたのか。いやそれ以前に、ただでさえ手の付けられないアーリャを俺一人で手綱を握るのは流石に無理だ。特に不測の事態が起これば、本当にどうにもならなくなる。
 何とか考え直させられないだろうか。そう思っていると、
「一応言っておくけど、仕事の選び方はあんたが教えた事だから」
「だろうな……」
 まるでこちらの心境を読まれたかのような追い打ちに、俺はそれ以上は何も言えなくなった。
 ともかく、放っておけばアーリャは一人ででも襲撃をかけに行きかねない。どうすれば、うまく無難にアーリャの気を済ませられるのか。そんな都合のいい名案はないだろうか。
「レナート、分かりますよ。レナートはあまり目立ちたくないんですよね? では、その辺りも考慮した良い方法がないか一緒に考えましょう」
「いいや、俺はまず二人の身の振りを先に何とかしたいんだ」
「ですから、悪を滅ぼせば必ず善良な方が聞きつけて助けて下さるはずですよ」
 他に方法はないのかと言いたい所だが、それは何の策もない俺が口に出来る言葉ではない。
 本当にそれしかないのか。また、このまま済し崩しにとんでもない事へ足を踏み入れてしまうのか。
 俺は深い深い溜め息をついた。