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 通りから外れた路地沿いの、表からは目立ち難い立地にその倉庫はあった。街中に建っているにしてはかなり大きな倉庫なのだが、荷馬車を着けるには道幅があまりに狭過ぎる。倉庫そのものもかなり年季の入った古い建物だけに、恐らく周囲の建物は後から建てられたもので、道幅もかつては充分にあったのだろう。
 そんな立地条件のため、もはや単なる通行人を装って通る訳にはいかない。俺とアーリャは、周囲に警戒をしつつ倉庫へと近付いていった。
 倉庫の前には、既に一台の荷馬車が止まっていた。幌のついた荷台は外からは中が見えないように、僅かな隙間すらも厳重に布で覆われている。如何にも人の目には触れさせたくない、その手の荷物を運んでいる事が伺い知れる。
「アーリャ、連中がそうか?」
「いえ、彼らはまだ到着していませんから。おそらく、取引相手か何かでは?」
「なるほど、状況的にはそれが自然だな」
 一体何の取引かはさておき、俺達は倉庫のすぐそばの物陰に潜んだ。ちょっとした物陰でも闇が濃く、ただ隠れるだけなら非常に簡単だった。そこから様子を窺っていると、さほど時間も経たない内に店を飛び出して行ったあの連中がやってきた。アーリャの案内で、知らぬ間にかなり先回りしていたようである。
「どうやら、何となく話が見えた来たな」
「そうですね。あの荷馬車、中からも気配がしますし」
 二人、物陰の中でそう確認をし合う。珍しく意見がスムーズに一致し、俺は自分の予想に益々の確信を得る。
 連中の到着に合わせ、倉庫の中から同人数程の人影がぞろぞろと出て来る。出て来たのは、やはり見覚えのない連中だったが、明らかに風貌や発する空気が露骨なほど堅気のそれとは異なっている。俺の仕事柄、こういった世界に住む連中の雰囲気は直感で分かる。そしてその雰囲気は、例えどの国の人間であろうと全く同じものだ。
「まだ仕掛けるなよ。荷馬車の中の確認もそうだが、連中を一網打尽にするタイミングを計るんだ」
「心得ています。大事なのは人命、ですよね」
 アーリャが言うと空々しく聞こえるが、何にせよ優先順位が俺と同じであるのは面倒が無く良い事である。俺は引き続き連中の様子を窺う。
 一通り何らかの話し合いをした後、来た方の連中が倉庫の連中へ大きな袋を渡した。早速その中を手下に確認させると、やはり中身は大量の貨幣だった。そして、来た方の連中の大将らしき男が荷馬車の中へと入る。ここからでは中の様子は窺えないのだが、おそらく予想は的中しているはずだ。
 程なく、商品の確認を終えた男が荷馬車を降り、何やら取引が終わりへ向かっているような雰囲気になってきた。一網打尽にするなら、二手に分かれてからでは具合が悪い。やるなら今が最後のチャンスだが、荷馬車の中を巻き込む危険性もある。
「アーリャ、あいつらだけを無力化するなんて、都合の良い事は出来るか?」
「簡単ですよ。やりましょうか?」
「ああ、そうだな―――ん?」
 やはりそういう都合の良いものがあったかと、一旦安堵した時だった。突然と何やら険しい様子の声が上がったかと思えば、その場の空気が一気に張り詰めた。そしてその睨み合いも長くは続かず、辛うじて手は出さない程の勢いで両者が詰め寄り、激しく言い争い始めた。
「揉めてますね、どうやら。様子見にしましょうか?」
「そうだな……ああ、連中の会話を盗聴してるんだったな。何か聞こえるか?」
「ちょっと雑音が激しいですが……うーん、どうも取引荷物に不正か何かあったみたいですね」
「不正?」
「偽物がどうとか。それと、安物が混ざってるとかも聞こえますね」
 連中の取引は、イリーナやシードルのような親に売られた子供ではなかったのだろうか。
「もしかして、あの荷馬車には人は居ないのか?」
「そういう訳でもなさそうですけど。やはり、直接見ないとはっきりは分かりませんね」
 丁度場は都合良く混乱しているため、アーリャと奇襲をかけるならば今が絶好のタイミングである。しかし、あの荷馬車の中身が俺の予想とは異なっているようであり、そこがいささか気掛かりだ。
「ここでこうしていても始まらないか。アーリャ、仕掛けるぞ。連中は任せても大丈夫か?」
「ええ。すぐに終わりますよ」
 そう言うや否や、アーリャは物陰から出てぶらりと言い争う連中の方へと歩いていった。混乱しているとは言え、明らかに連中とは毛色の違うアーリャの登場には、すぐに皆が気付く事となる。その隙を窺って、俺は物陰を伝いながらこっそりと荷馬車へと近付いて行く。
「何だ、てめえは! ここを何処だ―――」
 アーリャへ掴みかかろうとした一人の男が、その場で唐突に膝から崩れ落ちた。急な出来事に、一同が男の方を見、そしてアーリャへ視線を向ける。そこでアーリャは、笑顔のまま右手をそっと持ち上げ手のひらを彼らへと見せる。その直後、今度は連中が全員その場へ一斉に崩れ落ちた。まるで、無軌道な夢を見ている時のような気分になる光景だ。
「もう終わったのか」
「眠らせるだけですからね。矯正するには、ちゃんと触れないと駄目なんですよ」
「そうか。なら任せるぞ」
 そんなに簡単に人を無力化出来るなんて、やはり恐ろしい奴だ。
 アーリャの異様な力に感心しつつ、俺は荷馬車の幌の中へと入った。