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 一瞬の閃光の後、湯気のような熱風が全身を包み、背後へと通り過ぎる。常識では考えられないほどの熱量で、それも恐ろしく静かで精密に発生させられたものだ。爆心地は、切り立った山間部の片隅に築き上げられた建物群である。それはもはや村と呼んでも良いほどの規模を持ち、コミニュテイが機能している。それらが一瞬で音もなく消滅したのだが、実行したのはアーリャであり、そして当然の事だがその村は犯罪組織の本拠地である。
「これで四つ目か……」
 そう呟きながら、俺は手にしたリストの名前の一つに抹消線を引く。四つ目ともなるともはや何の感慨も無く、ただ一つのタスクが終わったとしか感じなくなっていた。アーリャのあまりに強引で急進的なやり方には嫌悪感さえ抱いていたはずだが、そんなものは一つ二つと目の当たりにしていく内に、さも当然のように慣れていってしまうのだ。
「一週間で四つですね。うん、いいペースです。やっぱりレナートと一緒だと、悪事の撲滅が捗りますね」
「そうだな。そもそもこの国はそういう組織が当たり前過ぎて、こっちも調べるのが簡単だからな」
 これだけの破壊活動を目の当たりにし、初めこそショックを受けていた俺ではあったが。実際の所、ターゲットを調査し決めているのは、他ならぬ俺自身である。この国はあまりにも犯罪組織が多過ぎて、当たり前のように店を構えていたり、堂々とプラントを建設していたりと、隠蔽らしい隠蔽がほとんど無い。だから調べるのは簡単過ぎるのだ。そして連中の拠点だが、アーリャが片っ端から矯正した後に穏便に追い出し、その上で跡形もなく消し飛ばす。こうやって犯罪組織を強引に浄化しているのだ。
「もう名だたる所は消し尽くした。次は、幾つかある有力な下部組織の方だな。まあ、こっちは数はともかく規模はたかが知れている」
「そうですか。また選定はお任せします。私は調査とか苦手ですので」
 アーリャは知識は何者にも引けを取らないのだが、肝心の運用方法をあまり良く知らない。宝の持ち腐れもいいところだが、力を持ったこういう思想の奴がそこまで知恵を付けるのも、ある意味では危険である。今ぐらいが丁度良いだろう。
「それにしても、本当に出来るのか? そんな事が」
「大丈夫です。必ず成功しますよ」
 この唐突な正義の活動は、イリーナ達三人の身の振りに関係している事だ。アーリャには三人が自活出来るようになる名案があるそうだが、そのためにはこれらの犯罪組織を撲滅しなくてはいけないのだと言う。それで仕方なく付き合っているのだが、もはや何が目的だったのかも分からなくなるくらいに自分が達観しているのを自覚している。
「じゃあ、今日はもう帰るぞ。続きは明日だ」
「はい、分かりました。明日も楽しみです」
 アーリャの口からぽろっと出て来た言葉。楽しみとはやはり本音なのかどうなのか。目的と手段が入れ替わっていないか、はなはだ疑問の残る物言いだ。けれど、普通の生まれの人間ではない事を考えれば、この程度の感覚の違いは仕方がないのだと許容する事も出来る。
 例の瞬間移動の魔法により、一瞬にして別荘へと戻って来る。まだ夕刻には差し掛かっていない早い時間帯だが、周囲は随分と物静かで落ち着いている。これなら今夜も熟睡出来る。そう思いながら中へ入った。
「あ、お帰りなさい」
 丁度廊下を掃除していたイリーナとシードルが、俺達に気付いて出迎える。二人とも、特に人見知りがちなシードルとは、この一週間でかなり打ち解けて来たように思う。あれ以来、この別荘を管理する組織からのコンタクトは一切無く、イリーナとシードルは完全に連中とは縁が切れたと言ってもいいだろう。その分、俺達が十分に庇護をしなければならないが。
 居間に入ると、ニーナが得物であるナイフの手入れをしていた。しばらく仕事はしないが、こういった事は日々の習慣になっているのだ。
「おかえり。成果は上々?」
「まあな。今日もまた悪の組織が一つ、この世から消滅したよ。実際にな」
「そう。一度くらい、私もついて行って見てくれば良かったわね」
「興味本位なら止めておけ。最初は意外と心に来る」
 ソファに腰を下ろすと、驚くほど疲労感が全身にずしりとのし掛かってきた。大して体を動かした訳でもないから、これは気疲れなのだろうか。まだ夕食には早いだけに、それまでの間に仮眠を取る事を考えてしまう。
「それで、今後の事は見えて来たの?」
「ええ、勿論。そろそろ説明もしましょう」
 そう言ってアーリャは、にこにこしながら早速テーブルの上に地図を広げた。
「これまでに、こことここ。あとこの辺りの犯罪組織を潰しました。この国には国有林という概念がありませんから、実質地主のいない空き地という訳です」
「とは言っても、全部焼き払っただろ」
「それを畑に変えます。元々がある種の群生地ですからね。そんなに手間はかかりません。それに、土地に適した種も選別しますので、心配ありませんよ」
「要するに、イリーナ達には野菜を作って暮らせという事か? そんなに甘いものでもないだろ」
「ちょっと違います。栽培するのは、薬草ですよ」
 そう言うアーリャの笑顔はまるで子供のように屈託無く、いつも幾分の不安感を抱かせる。