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 ほんの数日前にアーリャが壊滅へと追い込んだ、とある犯罪組織の本拠地。そこは街から程遠くない平野で、遠景に街が僅かに見える程度で周囲には建物らしいものは一切無い。今は更地になっているが、かつてここには三階建ての砦のような大きな建物があった。かなり攻撃的な組織と敵対していたようで、あちこちに矢倉や塹壕が築かれていたのだが、もはやそんな様子は見る影も無い。
「ここを畑にする、という事か。まあ、人身売買なんか平気でやるような連中に使わせるよりかは、よっぽど有効活用なんだろうが」
「麻薬は必要ですけど、娯楽よりも医薬品としての方が重要性がありますからね。人間は未だ、怪我も病も克服出来ていないのですから」
 アーリャは宙に何やら描きながら、ぶつぶつと唱え始める。俺はこれが何の魔法なのか、今でもしっかりと憶えている。これは俺が初めてアーリャの異常性を目の当たりにさせられた時の魔法、本来なら現存していないはずのゴーレムを生成する魔法だ。
 呪文を終えるなり、アーリャの目の前の土が急激に隆起して手足を持った姿を形作った。土と石が入り混ざったゴーレムである。あの時とは姿形が幾分異なっているが、材料に使った土の地質に因るものだろう。
「これで、この辺り一帯を耕して準備をさせます。すぐに綺麗な畑が出来ますよ」
「便利な魔法だな、本当に。畑を作るのに、何の汗水を垂らす必要がないなんて」
 あの時は、簡単に人を殺す恐ろしい魔法だと思っていた。しかし、本来の使い方はこうなのだろう。何事も使い方次第、人間個々の良心に拠るものなのだ。今でこそ失伝したと言われているが、それは誰かが意図的にそうしたのだろう。悪用する人間が後を絶たないのなら、強引にでも魔法そのものを無くしてしまう他無い。
「それで、栽培するのは心臓の毒だっけ?」
「あれはその内にです。まずは幾つかの麻薬類の栽培でしょうね」
「麻薬って事は、痛み止めが最初の商品になるのか?」
「そうですね。痛み止めは、あちこちで必要とされるものですから。もっとも、それだけでは根本的な治療にはなりませんから、行く行くは様々な治療薬を出していくつもりです。あの心臓の毒にしても、血管に作用する成分ですから、強心剤以外の使い道もありますよ」
 こういった薬は、どこの国でも必ず需要がある。質を確保する事が問題だが、それさえ何とかなれば必ず利益は上げられるだろう。
 考えてみれば、アーリャの知識は幾らでも金儲けに転用する事が出来るのだ。本人にはその気はないだろうが、もしも正義の味方より金儲けに走れば、瞬く間に世界を牛耳るほどになりかねない。俺達、と言うよりもアーリャに巡り会えたイリーナ達は、本当に幸運と言えるだろう。これほど無欲で金を産める人間は、世の中にそうはいないのだから。
「この辺り一帯全てを畑にしてしまうのか?」
「そうですよ。それに、ここだけではありません。いずれ事業を拡大し、他の土地にまで広げていきますよ。最終的には、この国の国土の五割は欲しいですね。その頃には、薬草だけでなく農業や農牧にも手を広げますよ」
「なあ、これってあの三人のためだけなんだろ? だったら、別にそこまで規模を拡大する必要はないんじゃないのか?」
「あれ、言っていませんでしたっけ? この計画は、それだけじゃないという事を」
 けろっとした表情で答えるアーリャ。その反応に、俺は思わず眉をひそめた。ついさっきまでは、アーリャは金に無頓着なものだと思っていたのだから、何かしら心変わりしたのではと勘繰ってしまう。
「何だそれ、初耳だが」
「私が思うに、世界から悪徳を根絶するには、いちいち一人ずつを相手にしていたら切りがないと思うんですよ。なので、今度は組織力でのアプローチをしてみようと思いついたのです」
「正義の味方の組織でも立ち上げるのか?」
「それでも構いませんよ。とにかく、あるべき人間の姿というものを積極的にアピールしていこうと思う訳です。それで個別に対応するのは、どうしようもない連中だけとします」
 相変わらず、考え方が無茶苦茶で突拍子もない。けれど、何か可能性や希望を見い出せる方法にも思える。とは言え、金には必ず悪党が集まって来るものだ。基本的にお人好しなアーリャに、組織運営がまともに出来るのだろうか。いや、そのために俺と組もうとしたのかも知れない。流石のアーリャも、普段は持論を強く押しつける頑なな性格ではあるが、自分が見えない人間ではないのだろう。
「組織活動へシフトするのは分かったが、お前ならもっと効率の良い金儲けの方法を知ってるんじゃないのか? 医薬品もそうだが、農産物で儲けるのは相当難しいぞ。それよりも、魔法関係で何か研究物でも売ったらどうだ」
「ああ、農業は別にお金のためだけにやるのではありませんよ。欲しいのは、土地なんです」
「土地?」
「そうです。人は土地があると、必ず何人かは悪行を働きます。悪行を働く者ほど、拠点を必要とするのですよ。ですから、私が土地そのものを管理し悪行を働かせないようにするのです。土地を自分の管理下へ置くには、やはりお金、そして事業が必要です。この作戦は、そのために最も効率が良いのですよ。もっとも、こういった事をしていると必ず面白く思わない悪人も出て来ますが、まあ私の場合はむしろ願ったり叶ったりですね。わざわざ更正されにやって来る訳ですし」
 アーリャの欲求は、金や土地を経由はしていても、結局の所は悪徳の撲滅へ向かっている。そこが揺らいでいない事には安心したが、今回の何時にない大規模で長期的なやり方には、かなり複雑な心境だった。これまでのような行き当たりばったりで、常に命を危険に晒すようなやり方をやめるのは喜ばしい事ではある。けれどこのやり方は、言い方を変えれば金に物を言わせて自分に従えさせるようなやり方だ。アーリャに意にそぐわない者を無くしていく、いわば世界征服が最終的な目的になっていないだろうか。