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 翌朝、予定通りバラクーダから馬車に乗り、会場となる街へと向かった。三度程途中休憩を挟み、到着したのは日が傾き始めた頃合いだった。移動が一日掛かりになるのは珍しくはないが、今週に入って移動ばかり繰り返しているから、いい加減退屈になってくる。肝心のレセプションパーティーは、予定通りに行われれば明後日の昼だ。それまでの間、また手持ち無沙汰になるかと思うと、いささか気が滅入って来る。そんな事を考えながら、車中から街の景色を眺めた。
「サイファーさん、この街の名前もファルスと言うそうですよ」
 いつの間に入手したのか、アーリンは観光案内パンフレットを手にしながら、街の看板を指差した。
「ファルス号と同じ名前か。船が完成した時に、街の名前を取ったのか?」
「いえ、その逆みたいです。そもそも、この街自体が船の建造のために作られたそうですから」
「まだ景気が良かった頃の話か。街も一緒に作るなんて、とても想像がつかないな」
 ファルスは、巨大な湖に面した街で、如何にも観光で成り立っているらしく、ホテルと土産物屋ばかりが目立つ街並みだった。湖の方には、かつてファルス号を建造していた頃のドッグが残っており、今は観光名所として使われているようだったが、はっきり言ってそれ以外に見所となるようなものは無い。仕事か、若しくはよほどの事が無い限りは、訪れようとは思わないだろう。
 ファルスの街並みは、行き交う人こそ多いものの、どこか寂れた不景気さの影がそこかしこから滲み出ている。おそらく、今でこそ新鉱脈の件で賑わっているが、普段は寂れた好景気の跡地みたいな様相なのだろう。今回の入札会が終わってしまえば、またすぐに寂れた街並みに戻ってしまうのかも知れない。
「まだファルス号は入港していないようですね。試運転中かも知れません」
「ここから分かるのか?」
「何でも、入港していれば街のどこからでも分かるくらい大きいそうですよ。此処に書かれている事が本当ならば」
 アーリンの手にする観光案内パンフレットには、そのように記載されているらしい。しかし、幾ら大きいとは言ってもたかが船が、街のどこからでも見つけられるとは誇張が過ぎないだろうか。もっとも、他に名所となるものが無い以上は、多少の大袈裟な脚色はするものだろうが。
 程なく馬車は、街の中心地の一画に停車する。そこは階数こそ二階だけだが、高い壁が東西に伸びた広い敷地を持つホテルだった。外国人向けの施設なのだろう、建物の外観や従業員の制服があまりクワストラ風ではない。
「申し訳ありません、本当なら湖沿いの眺めの良いホテルを確保したかったのですが」
 ニコライは馬車から降りてくるなり、申し訳なさそうに説明する。
「いえ、此方で十分ですよ」
「そう言って頂けるとありがたいです。それで、申し訳ありませんが、我々はこれから社用がありまして」
「分かりました。私達の事はお構いなく、お仕事を優先させて下さい」
「はい、それでは後程」
 ニコライとミハイルは深々と一礼し、降りたばかりの馬車へ再び乗り込むと、慌ただしく何処かへ去っていった。
「流石にレイモンド商会の人は、海外でも忙しそうですね」
「彼らも今回の入札は勝負所のようだからな。うまくいってくれると良いが」
 二人を見送った後、早速ホテルに入りチェックインを済ませる。部屋は、アーリンが二階の特別室、俺は一階にある極普通のものだった。しかし高級なだけあってか、それでも下手な施設よりは遥かに上等な部屋で、仕事で寝泊まりするのには贅沢過ぎて気が引けた。
 荷物を置き、外泊時の習慣で建物の案内図を見ながら避難路などの確認をしていると、アーリンがやってきた。荷物を置いてすぐ来たのだろう、服装が上着を脱いだだけのままだった。
「流石にこっちの部屋は狭いですね」
「これでも、俺には広過ぎるがな」
「サイファーさんは、相変わらず慎ましやかですね。ところで、此処の地下にバーがあるんですけど、行ってみませんか?」
「バー? 君はまだ飲める歳ではなかったはずだが」
「先々月になりました。それに、一応お目付役に黙って行かずに一声かける、そういった配慮も出来ます」
 その言動が既に子供っぽいと思うのだが。
 ともかく、もう日は暮れ始め今日はこれといった予定は無い。しかし、アーリンの監視は怠れない以上、行きたがる場所には同行しなくてはいけない。フェルナン大使から言い付けられたのは、そういう仕事だ。
「分かった、なら行こう」
 確かに酒を飲みたい気分ではあったけれど、コブ付きで飲みに行くほど酔狂でもない。仕事で飲む酒は好きではないが、こういうものと割り切る他無い。
 アーリンに急かされつつ、俺達は連れ立って部屋を後にする。歳の離れた男女が連れ立ってバーに向かう様は、傍目にはどのように映るのだろうか、そんな事を危惧していたが、アーリンはまるで気にも留めていない。彼女が幼いのか、俺が神経質なのか。いささか悩む構図でもある。とりあえず、ここが比較的目立ち難い外国人向けの高級ホテルで良かった。