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「おい、やめろ!」
 男達の乱闘現場に駆け寄るや否や、俺は腹の底から振り絞った大声で一喝する。その声と、予想外の制止に、船大工達は驚いて一斉に動きを止めた。
「なんだ、あんたは?」
「まさか、こいつの仲間じゃないだろうな」
「違う。ただ見過ごせないだけだ。無抵抗な一人を相手に、大勢で寄ってたかって。これは一体何事だ」
「関係ないなら、あっち行ってろ!」
 そう吐き捨てるように言いながら、横たわる男の腹を容赦なく蹴り上げる。男は既に自力では立ち上がる事すらも出来ず、嗚咽のような空気を漏らしながら、辛うじて体を揺らすだけだった。
「なら、治安機構の人間を呼ぶ。それまで大人しくしていて貰おう」
「へっ。お前、外国人だろ?」
「だったら何だ?」
「余所の国の事情に、首を突っ込むんじゃねえよ。何も知らない癖に」
「そうだそうだ! 大体、こいつらをどうしようが、警察は何もしやしねえよ!」
 船大工達の発言は、一旦はこっちを怯ませるための張ったりではないかと思った。けれど、彼らが全員とも確信を持って断言していること、そして屈強な男達が俺一人相手にわざわざ手の込んだ脅しをかける必要性を考えると、あながち嘘とは言い切れない。それも彼らの思惑通りか、怯ませるつもりが俺の方が逆に怯んでしまった。
 けれど、だからと言って見過ごす事は出来ない。俺は強く意を決すると、敢えて男達の方へ向かって踏進み出た。それが船大工達には意外だったのだろう、咄嗟に当初の距離感を保とうと、彼らの方が進んだ分後退った。
「彼に何をしようと、何の咎めも無い事は理解した。ならば、それは外国人の俺に対しても同じか?」
 その問い掛けに、船大工達は一斉に言葉を詰まらせ、互いに窺うように顔を見合った。
「い、いや、それはだな」
「どうなんだ? 俺はどちらでも構わない。この場を譲るつもりはないからな」
 更に強気の姿勢で出ると、明らかに船大工達の間には動揺が走り、見る間に及び腰になっていった。
 それは、こちらの思惑通りだった。彼らも、明日からの入札会の事は知っているだろうし、それがクワストラにとって非常に重要な案件である事も分かるだろう。ならば、外国人と問題を起こしてしまう事が、クワストラにとって致命的な事態になる事ぐらいは理解している筈なのだ。今のこの時期は、外国人に対して細心の注意を払わなくてはいけない。クワストラ政府にとって、非常に重要な気賓客に他ならないのだから。
「お、おい。そろそろ戻ろうぜ。仕事は今日中に片付けなきゃならん。遊んでいる暇は無いんだし……」
 そして、恐る恐る船大工の一人が、そう水を向けて来る。すると、これ以上は無益だと内心思っていたのだろう、次々と船大工達は撤収に同意を始めた。
「とにかくだ。この国の事に、いちいち首を突っ込むなよ」
 最後にそんな捨て台詞を残し、船大工達はそそくさとドッグの方へ戻っていった。
「大丈夫ですか?」
 俺は、未だ地面に横たわる男に手を貸し、上体を起こしてやった。男は背丈の割に体はやせ細っていて、引っ張る時にほとんど体重を感じなかった。あまり満足な食事が出来ていないのだろう。
「すみません、おかげで命拾いをしました」
「いえ、大したこと事ではありません。それにしても、何故彼らに追われたのですか? どうも、ただ事では無い様子でしたが」
「失礼ですが、あなたはクワストラ人ではありませんね?」
「はい。出身はセディアランドという国です」
「そうですか……となると、あなたも入札会には参加される訳ですか」
「間接的には。私はただの付き添いですので」
 男は腕を震わせながら、ゆっくりと腰を浮かせ、全身に走るであろう痛みに耐えつつ、立ち上がった。
「あなたには助けて頂いた恩がありますが、私は外国人は嫌いです。お互い、今日ここであった事は全て忘れましょう」
 唐突に、男は俺を見据えながらそんな事を言い放った。
「忘れましょうとは……一体、何故です?」
「いずれ分かりますよ。では、失礼」
 男は一方的に話を打ち切り、踵を返す。咄嗟にこの場へ留めようと、俺は男の肩を掴んだが、男は酷く乱暴な仕草でその手を振り払い、そのままよろつきながら町の方へ去っていってしまった。
 払われた手の痛みをさすりながら、俺は呆気に取られ後ろ姿を見送った。何故、こうも敵意を向けられなければならないのか。そんな疑問が脳裏を駆け巡る。別段、親切の押し売りをした意図もなく、ただあのままでは殺されかねないと思ったから出た行動だったのだが。何か誤解されたのだろうか。
「サイファーさん、大丈夫でしたか?」
 やがて、頃合いを見計らって駆け寄って来たアーリンが、息を弾ませながらそう問う。
「ああ、大丈夫だ」
「どうしたんでしょうか、今の人。何だか怒っていたようですけど」
「何でも、外国人が嫌いなのだそうだ」
 彼の先程の態度には、一朝一夕で形成されるような代物ではない念が感じられた。もしかすると、あれがいわゆる保守派の人間なのかも知れない。今回のクワストラ政府の方針に、強く反対する層だ。
「今日はもう、ホテルに戻ろう。ああいった人間が街中に当たり前に射るとなると、下手に出歩かない方が無難だ」
「それもそうですね。まだ目立ってはいけない、でしょう?」
 さも分かっていますと言わんばかりに、得意げな表情を浮かべて見せるアーリン。今回の主賓ではない大使代理が、周囲に目立つような事をしては仕事の目的に反するのだが。
 ともかく、この場は速やかに後にするべきだろう。
 それにしても、彼は船のドッグで一体何をしていてのだろうか。
 彼の不実な態度は既に気にもならなくなっていたが、そんな疑問だけは残った。