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「アーリン、君は今の話を聞いていた筈だな?」
 皆が戸惑う中、俺は真っ先にアーリンを問い質した。
「ええ、聞いていましたよ」
「ならば、分かる筈だ。殺したのは、俺達外国人へ対する見せしめだと。それなのに、どうして危険を承知で共犯者を捜して、尋問する必要があるんだ」
「どうも、やり口がしっくり来ないんですよ」
 何がしっくり来ないのか。そう問い質そうとすると、意外にもヤーディアー大使が俺を制止して来た。
「何故、殺して逃亡するという手段なのでしょうか。ここは船上、私達には逃げ道は無いのですから、共犯のクワストラ兵だけで制圧してしまえば良いでしょう。その上で、入札会自体を御破算にすれば確実じゃありませんか。ニコライさんだって、流石に喉元に剣でも突きつけられたら、入札会は断念するでしょう?」
「まあ、そうですね。命は買えませんから」
「みんなそうですよ。その方が手っ取り早く潰せます。なのに、それをしない。私は多分、何かのメッセージではないのかと思うのです」
「メッセージ?」
「そうです。例えば、この入札会には裏があるとか、我々外国人に対して知って欲しい何かがあるとか」
 しかし、あの一連の出来事のどこにメッセージなどあるのだろうか。ゾハル政務官が刺殺され、裏切り者を仕留めた、と宣言しただけである。これと言って、謎かけのような物は思い当たらない。
 どうせ、ただの思い付きだろう。俺がそう思っていると、おもむろにサーブラウが何か思い出したかのように口を開いた。
「そう言えば、ゾハル政務官ですが。彼はファルス市の統括も任されていたようです。いわば、臨時的な市長といった所でしょうか」
「それ、何かヒントにならないでしょうか? 壇上にはそれまでにも、開発事業に関わってきたクワストラ人が何人か立った筈です。ゾハル政務官でなければならない理由が、何かあった筈なんですよ」
 となると、思い当たるのはファルス号とファルス市の事になる。ゾハル政務官の経歴を鑑みて、今回の事件に関係し、他のクワストラ人との違いはそれぐらいだ。
 けれど、ファルス市との繋がりはまるで思い当たらない。むしろ今回の開発事業は、目に見えて不景気なファルス市にとっても好材料の筈だ。あのような形で暗殺する理由など、存在しない筈である。
「もしかして、行政の在り方に問題があったのではないでしょうか。ファルス市はどうも不景気なようですし、その不満があのような形で爆発したと捉えては」
「けれど、それでは裏切り者のくだりが繋がらないのでは?」
「何か市民と約束をしていたとも考えられます。当選の暁にはこの公約を守ります、と」
「ならば、嘘吐きと表現するのが自然では?」
「その場での勢いで、というのもありますよ。意味としてはさほど違ってはいませんし」
 そんな一同の論戦を耳にしながら、俺はある事を思い出していた。それは、昨日のファルス号の入港を観に行った際に出くわした、船大工達に追われていたクワストラ人の事である。彼は外国人に対して強い恨みを持っていた。そして、ファルス号にも何事かの落書きをしていた。彼の恨みの内容は分からないが、もしかするとクワストラ人の一部は、ファルス号と市長であったゾハル政務官に共通する何かに、因縁のような物があるのかも知れない。それがこの事件を起こした発端ではないだろうか。
 そこまで考え、ふと俺は自分の役目を思い出し、急激に熱が冷めていくのを感じた。
「あの、皆さん。そもそもなのですが、我々が犯人捜しをする必要は無いのでは?」
 その俺の言葉に、一同が一斉にこちらを振り向いた。
「ここはクワストラ国なのですから、捜査は彼らの自治に任せるべきです。それよりも考えなければならないのは、如何に無事に帰国するかではないでしょうか。まずは、下船するまでの警護体制から考えなければ」
 すると、どういう訳かアーリンが、露骨な溜め息をついて見せた。
「安全なんて、最悪、部屋から出なければそれでいいんです。大事なのは、この状態でセディアランド人がどれだけ存在感を示せるのか、です」
「存在感とは? それが何の国益になるのか」
「名前を売る、そういう事ですよ」
 ヤーディアー大使は、既に在ラングリスの大使として知られている人物だ。今更名前を喧伝する意味はない。この状況で名を知らしめても、得をするのはアーリンだけである。それだけなら、まだアーリンの戯言で済む。問題は、他の大人達も、その意図を知った上で乗り気になっているという事だ。
「まさか、自分が外交官になる将来のために、危険な賭に打って出るとでも言うのか? それは絶対に許可しない。フェルナン大使は、そんな事をさせるために此処へ寄越した訳ではないんだぞ」
「いやいや、今時堅実な若者じゃないか。この歳で、それほど先を見据えて行動出来る者は、そうはいないよ」
 脇から割り込むように、ヤーディアー大使が酒を注ぎながら嬉しそうに語る。冗談ではない、そう心底思う。そういう目立つ行為は、そもそもただの代理人でしかないアーリンがするべきではないのだ。それは本人が思っている以上に、方々からの顰蹙を買う行いだ。