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 周囲の動きを最大限に警戒しながら、慎重にパーティー会場へとやって来た。会場には既に、各企業や財界人が多く集まっていて、立ったまま声を潜めて何やら熱心に話し合っている。おそらく、明日の入札会の事なのだろう。もう夜更けだというのに、誰もが目を爛々と輝かせて熱中している様は、俺には少々異様に見えた。壇上にあったゾハル政務官の遺体は、既に別な場所へ移動された後だったが、血痕の清掃までは終わっていないらしく、青いシートが掛けられている。それをまるで気に留めない様子もまた、彼らの異様さに拍車を掛けた。
 そして会場の片隅には、彼らとはまた別の人々、今回の入札会に賓客として呼ばれただけの外交官や名士達が集まっていた。招待者全員では無いが、数はそう少なくはない。ヤーディアー大使の言う通り、皆孤立を恐れているようである。一見すると和やかに談笑しているようだが、そのほとんどが表情の精彩さを欠いている。
 会場内とその周辺には、一定間隔でクワストラ兵が配置され、厳しい監視の目を敷いている。また、数名の係員が常駐する他、来場者のために軽食と飲み物も用意されていた。彼らが少しでも安らんでくれるようにという配慮だろう。だが事件の直後という事もあって、クワストラ側の面々も一様に緊張の色が顔にくっきりと浮き出ている。まだ危機は去っていない、そういう見方が強いのだろう。
「では、我々はあちらに」
 そう一礼し、ニコライとミハイルは企業人集団の方へいそいそと合流していった。
「取り敢えず、我々もその辺で休むとしようか」
 ヤーディアー大使に促され、俺達は手近な椅子の方へ着いた。ヤーディアー大使とアーリンは椅子に座り、俺とサーブラウはそれぞれの近くで立ったまま待機する。これだけ人数の居る中で新たな犯行に及ぶとは考え難いが、公衆の面前で大胆にも刺殺したのであるから、楽観視は出来ない。
「やはり、皆さん表情が固いようですね」
「まあ、本当についさっきの出来事だからね。私も正直なところ、大分緊張しているよ」
 そう語るヤーディアー大使は、忙しなく視線をあちこちへと配せて落ち着きの無い様子だった。そんな姿を気遣って、サーブラウがそっと水を注いで差し出すものの、あっという間に飲み干してしまった。そんなに緊張するくらいなら、何故アーリンを焚き付けるような事を言った上に同行してきたのか。彼らのような身分の人間は保身に自信があるらしいが、とてもそんな姿には見えない。
「私は、ちょっと会場を回ろうと思うのですが。閣下は如何いたします?」
「私は此処で酒でも飲んでいるよ。アーリンちゃん、くれぐれも会場からは出ないようにね。それと、あっちの仕事中毒者達の邪魔もしないこと」
「はい、心得ております」
 そう返事はするものの、内心何を企んでいるのかは知れたものではない。この物怖じのしなさは、傍目には恐ろしく映るのだ。
 程なくアーリンは席を立つと、一旦会場をぐるりと見回し、何処へとなく歩き始めた。俺はその後にぴったりと付いて行き、アーリンの行動を監視する。
「そんなに警戒しなくても、別に変な事はしませんよ」
「では、何をするつもりなんだ?」
「ですから、財界人や各企業の方々から、現状についてのお話を聞かせて頂くのです」
「それはいいがな。見ろ、彼らは自分の仕事で手一杯だ。君の相手などしていられる状況ではない」
 俺が指し示す先、企業人達の集まりでは、各々が白熱した数字と交渉の応酬を繰り広げている。いずれも、少しでも有利な契約と多い利益獲得のため、必死になっている。とても、探偵気取りの小娘など入り込む余地など無い。
「流石に私でも、それくらい状況は察せますよ。私が標的とするのは……ほら、例えばああいった方々です」
 そう言ってアーリンが指し示した先、会場の片隅で歓談しながら酒を楽しむ一団があった。彼らも何処かの企業人のようだが、とても仕事をしているようには見えない和やかな雰囲気である。
「あれはきっと、もう商談のまとまった会社ですよ。いずれも大企業の筈です。資金力が違いますから、もう大筋は決まっているので、あの余裕なのでしょう」
 今まさに談合の最終調整の最中だが、彼らは豊富な資金を武器に、他の企業が簡単に手を出せないような大型案件の話を付けているのだろう。そして受注後に、割り引いた額で下請けなどに外注するという構図である。レイモンド商会も資金力に乏しい訳ではないが、今回はあくまで北方支社の資金だけであること、そして業務拡大が目的であるため、案件も一つでも多くまとめておきたい所であるため、彼らのように安穏とは出来ないのだろう。
「という訳で、彼らと少しお話をしましょう」
「待て、こういう時はヤーディアー大使を通した方が」
 しかし、アーリンは俺の制止など耳も貸さず、真っ直ぐ彼らの方へ向かって行ってしまった。一体、どこからこの自信は来るものだろうか。だがその疑問も、かつて今のアーリンと同じくらいの歳だった頃の自分を思い出し、やはり若さと無知がそうさせるのだと、幾分腑に落ちる。