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 まずオレが最初に取った行動は、デリングの襟首を掴み、会場の出入り口を警備していたクワストラ兵に詰め寄る事だった。デリングを無理やり引っ張って来た事には、さほど意味はない。ただ、このまま部外者面をされるのは気に食わず、責任の一端を負わせたいと考えていた。
「サハン外務相閣下にお目通り願いたい」
 そう詰め寄る俺に対し、クワストラ兵は訝しみと戸惑いの入り混じった表情を浮かべた。外務相との面会を求める者を訝しむのは当然として、俺がこれほど血相を変えている事情を知らないせいだ。
「失礼ですが……御約束を取り付けておられないのでしたら、まずは外務省へ問い合わせて戴かなくては……」
「閣下とは面識がある。在アクアリアのセディアランド大使フェルナンの秘書官だと伝えろ。それだけでいい」
「は、はあ……」
 よく状況が飲み込めていないであろうクワストラ兵は、それでも会場での揉め事は避けたいのか、半信半疑の表情で何処かへ駆けて行った。もしも俺の思い過ごしなら、このまま門前払いを受けるだけであるが、的中していれば俺が言わんとしている事はサハン外務相に伝わる筈である。後は、手遅れとなっていない事を祈るばかりだ。
「サ、サイファーさん、どうか手を……」
 苦しげに話すデリングを、俺はわざと一瞥してから手を離す。一頻り咳き込んだデリングは、この事態を理解しているのかいないのか、途端に普段の調子を取り戻した。
「まさか、アーリン様はサハン外務相閣下の所へ向かったのでしょうか?」
「十中八九な。そのつもりで、さっきはあんな焚き付けるような事を言ったんじゃないのか?」
「まさか! そのような意図は断じてありませんでしたよ。私はただ、アーリン様が喜びそうな情報を提供したまでです」
「それで、喜び勇んで外交問題でも起こしていれば世話はない」
 デリングの言う通り、何も彼だけに一方的な過失がある訳ではない。アーリンが自重しなかった事と、その可能性を把握していながら目を離した俺自身に一番の責任がある。デリングに当たるのは、むしろ筋違いと言えるだろう。
 果たして、アーリンはまだ問題を起こさずに居るだろうか。外交的非礼は、特に大きな禍根へ繋がる。それを理解していない筈はないが、やはりこれまでに見せていた若さが先立つ姿には、どうしても不安を覚える。
 使いに出たクワストラ兵を、俺は終始落ち着きなく苛立ちながら待ち続けていた。俺が責任の一端を負わせようとしているのを感じ取ったのだろうか、デリングもまた付き合うように傍で待ち続けた。そして、およそ十分は経過しただろうか。おもむろに現れたのは、先程のクワストラ兵と一人のクワストラ国政務官らしき男だった。
「セディアランド秘書官のサイファー様でいらっしゃいますか?」
「はい、そうです」
「閣下が是非ともお会いしたいそうで、これから御同行願えますか?」
 すんなりとサハン外務相との面会は通ったようである。政務官の言葉に安堵するのと同時に、すんなり通った事が逆に事態の悪さが窺えるように思え、いささか緊張する心持ちだった。
「分かりました。ところで、つかぬ事をお訊きしますが、当国のアーリンが閣下の元に面会を求めてはいないでしょうか?」
「アーリン様でしたら、先程お訪ねになられました。政務室に共に居られます」
 ああ、やはりか。
 予想通りとは言え、俺は思わず頭を抱えそうになった。まず間違いなく、クワストラが拘束したという犯人への面会を求めに行ったのだ。外国人であるアーリンにそんな権限などある訳もなく、むしろクワストラの主権を脅かす越権行為ともすら取られない所業だ。サハン外務相があっさり面会を許したのは、まず間違いなく、セディアランド側へ口頭での厳重抗議をするためだ。
 そう考えると、何処の国でも共通している政務官の無表情な顔が、此方へ対する非難めいたものに見えてきた。
「あの、すみませんが私も同行しても宜しいでしょうか?」
 その時だった、突然傍らで神妙にしていたデリングがそんな事を言い出した。
「失礼ですが、あなたは?」
「申し遅れました。私は、リンデルランドのホルン商会、西方営業担当のデリングと申します」
「閣下は、多忙かつ危険に晒されている御身です。誰とでもお会いはいたしません」
「ええ、存じております。ただ、アーリン様とは知己の間柄でして。部屋の前、警備兵の前だけでも構いません」
「そうですか。その程度であれば、御自由にどうぞ」
 何を勝手な事を言い出す。デリングへ対する幾つもの非難の言葉が、一斉に頭の中を飛び交い、それのまとまらぬままにデリングを睨み付ける。しかしデリングは普段の様子で、平然と構えていた。
 部屋の前まででいい。これは、飛び込みの営業が良く使う手口である。目的の人物が建物を出て来てところに、強引に向かって行って顔を売る。そういう昔ながらの営業だ。
 政務官に、彼は無関係な野次馬だから追い返せと進言しようと思ったが、デリングがクワストラが招致する企業人である事と、既にアーリンが失態をしている負い目が、俺の口を閉ざさせてしまった。
 また見事に、デリングに利用されてしまった。その悔しさから、握り締める拳に更に力がこもる。
「では、参りましょう。閣下をあまりお待たせしてはなりません」
 政務官の言葉に頷き返し、歩き出した彼の後を、俺がデリングを引き連れるような形でついていった。
 抗議を受けるのは頭が痛い思いだが、正式な文書で通達されるよりは、記録に残らない分、遥かにマシと言える。
 とにかく、平身低頭、謝罪するしかない。それを考えると気が一層重くはなったが、せめて卑屈な姿は晒すまいと、自らの気持ちを奮い立たせた。