BACK

「それではこれより、クワストラ国新規開発事業プロジェクトに関連する、業者選定の入札会を開会致します」
 慇懃な態度で開会を告げる政務官。それにより会場内のざわつきは一気に静まり、水を打ったような静けさと、肌を刺すような緊張感が包み込んだ。
 今回の入札会は、参加した企業は予め入念な打ち合わせを繰り返し、堂々と入札額の調整を行っている。そのため、ほとんどの業種について既に落札者と金額が決まっており、この入札会自体は本来の機能を有していない。クワストラ政府の足元を見た、大胆な談合による価格の釣り上げである。大抵の国では法規制があるため、少なくともここまで露骨な入札額の釣り上げは有り得ない。これはクワストラにはそこまでの法整備がなされていない事と、既にクワストラには自国だけで新規開発事業を動かす体力が無いせいだ。そのため、露骨で横暴なやり方も看過せざるを得ないのだが、それでもまだ国庫を潤すだけの利潤は得られるのだろう。
 この緊張感は、最後まで折り合いが付かず本来の意味での入札が行われる案件がある事と、企業間で決めた金額の件はあくまで口約束にしか過ぎないため、土壇場で裏切られる可能性も考えられる点から来るものだろう。レイモンド商会のような大企業ならともかく、デリングのホルン商会のような中堅規模以下の所は、資金力の事情もあるため、いつ裏切られやしないかと疑心暗鬼に駆られているに違いない。
 そんな彼らの心労に、俺は特にこれと言って興味はなく、ただ入札会そのものが無事に終わればそれで良いと思っている。やはり一番の問題は、アーリンの件だろう。アーリンは朝食会でレイモンド商会を初めとする大手各社に入札会のボイコットを迫った。その件はアーリンの主張も併せて、既に中小各社にも行き渡っている筈である。彼らはこの事を踏まえて、一体どんな判断を下し行動に出るのか、その一点のみがただ純粋に気掛かりなのである。
「始まりましたね。無事にうまく行くと良いですけど」
 そう語るアーリンは、非常に自信に満ちた表情をしていた。この入札会で事業権を落札しても、必ずクワストラ政府とラサ達少数一族との土地問題から、後々の事業展開に必ず不都合を呼び起こす。だから、その問題がクリアになるまで引き延ばすべきだ。これがアーリンの主張である。企業が体面や社会的立場を気にする心理を突いた作戦である。だが、それが果たしてうまくいくものなのか。アーリンの思惑通りに、海千山千の企業人達が動くのか。俺にはどうしても、思惑通りに事が運ぶ絵が見えないのだ。
「では、最初の案件から参ります。西南地区の金鉱採掘権、入札をお願いいたします」
 クワストラ国には、こういった貴金属の鉱脈が多数存在する。この採掘権は企業に莫大な富をもたらすため、今回の入札会では中心となる案件だ。けれど、その反面入札額も莫大な金額になるため、実際獲得出来るのは資金力を持った大企業だけだ。
 政務官の案内に従い、早速幾つかの企業が手元の紙に金額を書き込み、正面の壇上に配置された投票箱へ紙を投函する。この入札会はその場で即開票をし、獲得した企業が発表される。壇上で行うのは、不正の防止の意味もあるのだ。
 入札を行ったのは、三つの企業だった。レイモンド商会、サザンカ商会、スタインベック社と、いずれも資金力を持った大企業である。本当はどこの企業が獲得するのか予め決めているのだが、形だけでも参加するのは体裁上の事情だろう。
「結局、入札するようだな」
「いえ、大丈夫です」
 アーリンは、いささか動揺しているようにも見えた。しかし、ここで取り乱すような安易な事はせず、ただ成り行きをじっと見守っている。
 やがて全ての投票を終えると、政務官は再度周囲に確認をした後、自らの首に掛けている鍵で箱を開け、それぞれの用紙に記入されている金額を確かめる。
「最高入札額は、レイモンド商会です。本件の落札者はレイモンド商会と決定いたしました。なお、予めお知らせした通り、入札額の公開は行いません」
 特にどよめきもなく、社交辞令のような拍手が響き渡る。金鉱採掘権は、レイモンド商会の取り分だったと織り込み済みだったのだろう。
「くっ……」
 アーリンが、小さく苦しげな吐息を漏らした。何事かを言い出したいのを何とか耐えている、そんな様子だった。しかし俺は気が付かない振りをした。こうなる事は大方予想通りだったが、アーリンにとってはそうでは無い、だから触れない方が良いのだ。
 次々と事業権の入札が行われていく。時には一喜一憂する様も見られたが、大筋では彼らが予め打ち合わせた通りの結果となり、特段揉める様子も無く淡々とした進行だった。それに対し、アーリンは落胆の色が明らかな様子だった。誰一人として自分の主張には賛同しなかった、その事が信じられないのか、もしくは純粋に憤っているのか。何にせよ、これほど平静さを欠いた姿は、今まで見たことが無い。
「それでは、本件はレイモンド商会の落札となります」
 政務官が告げたのは、エメラルド採掘権の案件だった。獲得したのはレイモンド商会で、金鉱採掘権に続く大型事業である。アーリンの事は眼中にないようだが、本業の方は好調のようだ。
 しかし、ふと会場の妙な空気に気がついた。好調であるレイモンド商会やスタインベック社とは対照的に、サザンカ商会の様子がどこかおかしいのだ。