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 東六地区は、この聖都の中でも有数の高級住宅街である。元々は単なる寂れた倉庫街だったのだが、四半世紀程前に再開発が行われ多くの邸宅が建設され、今日に至る。そういった経緯のため、住んでいる者は比較的近年に事業などで成功した所謂成り上がりが多い。
 エリック達は馬車を降りると、目の前には予想を遥かに超える大邸宅がそびえていた。巨大で威圧的な正門と、端が見えない庭。四階建ての屋敷は、維持費のかかる白い外装と多くのガラスが使われている。見るからに、住む利便性よりも人へ見せ付けたい虚栄心が感じられる。
「うわ、如何にもな成金趣味ですね。雰囲気わるー」
「人間、急に身の丈に合わない金を持つとな、こんな風に瞑想するもんだ。お前だって、どうなるか分からねえんだぞ」
 二人の雑談を背中で聞きつつ、エリックは屋敷に向かって進む。正門から玄関までの間には、細かい石を敷き詰めた石畳が敷かれている。石畳そのものはよく見かけるものだが、ここまで長いものはエリックも見るのは初めてだった。それだけ被害者は裕福だったのだろう、そんな事を思う。
 屋敷の玄関には、憲兵が二人見張りとして立っていた。まだ事件からさほども経っていないためか、現場を維持するためなのだろう。
「おっす、お疲れ」
 ウォレンは、例のバッジを二人へ見せる。すると彼らは表情一つ変えず、ただ黙々と玄関のドアを開けてくれた。特務監察室の事を知っているようだが、無口なのは口外し難い人選のためだろうか。
 まずは屋敷のエントランスへと入る。四階まで吹き抜けで、大きなシャンデリアを幾つも吊り下げているという、とにかく見栄ばかり重視した作りになっていた。エリックはまたしても掃除や維持の事ばかりが頭を過ぎり、自分はさほど金持ちの生態には興味が無いのだろうと思う。
「で、エリック。場所はどこだ?」
「えーと、四階の北側の第二コレクションルームとあります」
「四階かよ。つーか、第二って事は他にもコレクションルームがあるのか」
 ウォレンは愚痴りながらも、早速正面の大階段を上がり始める。その後にルーシーが続き、捜査資料を片手にしたエリックが最後に進んだ。ウォレンは愚痴の割にするすると階段を上って行く。昨日の時もそうだったが、明らかに一般人とは運動能力が異なっている。昔、何かスポーツでもやり込んでいたのだろうか。
 四階からは東西南北へ廊下が四つ伸びている。その北側へと進んでいき、目的の部屋を目指す。廊下には様々な絵画がかけられていたり、如何にも値の張りそうな焼き物が飾られたりと、とにかく落ち着かない雰囲気だった。そして作風にも統一感がなく、高いものを買い漁って並べただけなのだろう。
「ねえ、先輩。そう言えば、こんだけ広い屋敷なのに人が居ませんね」
「あー、一人暮らしなんじゃねえのか?」
「資料に寄ると、被害者には親類家族はいないようですね。特に親交の厚い友人もなく、屋敷には雇われの使用人だけだったようです」
「金持ちなのに寂しいもんだな。挙げ句、孤独死とかざまあみろだ」
「ウォレンさん! 幾ら何でも不謹慎ですよ!」
「俺は金持ちが嫌いなんだよ。世の金持ちは、みんな不幸な死に方をしろ。そうすりゃバランスが取れる」
 一体それは何のバランスだと言うのか。ウォレンのあまりに幼稚な発言に、エリックは思わず閉口してしまった。
 程なくして、如何にもそれと分かる佇まいの部屋が見えてくる。両開きの大きな二枚扉、その両脇にはこれ見よがしに見事なライオンの彫刻が立っている。その上、律儀にコレクションルームという標札までかけられている。自己顕示欲の塊のような光景だ。
 早速扉を開けて中へ入る。そしてまず目に入った光景、部屋を取り囲むように配置されている棚と、そこへ所狭しとひしめいている人形の数々で、その現実離れした状況にエリックは思わず悲鳴を漏らしそうになった。
「はー、人形コレクションかよ。いい歳して、何やってんだか」
「先輩、知らないんですか? アンティーク物は、一つだけでも都内に家が建つくらいするものもあるんですよ」
「マジかよ。どこにそんな物好きがいるんだ」
「もー、これだから帰還兵はアホばっかりって噂されるんですよ」
 ルーシーが何気に口にした言葉、帰還兵。ウォレンが帰還兵である事は初耳のエリックは、思わずウォレンの方を見た。
 この国で帰還兵と言えば、最前線で実際に戦闘を経験し、その任期後に一線から退いた人間を指す。世界でも有数の大国であるセディアランドは、その国力が故に滅多に戦端を開く事はないのだが、友好国への支援という名目で戦闘地域へ兵隊を送るケースがある。
 エリックは帰還兵と実際に会ったのは初めてであるため、反射的に何か前線の事でも訊ねようと思い立った。しかし、ウォレンの帰還兵という言葉に対するあまりに厳しい表情に、これは興味本位で口にしてはいけない話題だと察し、取り敢えずこの場は聞こえなかった事とした。