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 エリックは、自分の祖先がどういった人物であったかの知識はさほど持ち合わせていない。だからこそ、会話からそれらしく推察し信じ込ませられる事はないだろうという自信があった。自分の祖先の真偽を客観的に判断するというおかしな状況ではあるが、エリックは真実を正しく判定出来るという確信を持っている。
「エリックさん、あなたには四代前の祖先がついているようですね」
「ついている、とは?」
「護衛役とでも言いましょうか、要は子孫を特に可愛がっている先祖と解釈して頂ければ宜しいです」
「その人は、何という名前ですか?」
「はい、あなたと同じエリックという名前です。どうやら、自分と同じ名前をつけられた事で気にかけているようですね」
 エリックは、自分の名前が何代か前の先祖から取ってつけられた事を以前に聞いたことがあった。けれどそれは、セディアランドにおいてさほど珍しい事ではない。セディアランドでの名付けは伝統的な名前が多く、幾つかの同じ名前を一族で代ごとに使い回す事も多いのだ。
「その人は、僕について何か言っていますか?」
「そうですね……仕事に不満があるようですが、それでもそれは必要な事なのだから、もっと前向きに頑張るようにと仰っています」
 仕事への不満。まさに今のエリックが持つ、最大の悩みである。自分を守護する祖先の霊は、そういった所までも見抜いているのか。そうエリックは感心したものの、またすぐに思考は冷静にこれを分析する。よくよく考えてみれば、仕事へ不満を持たない人間の方が少数派である。そして、それは誰かがやらなければならない必要な事であると諭すのもまた、ありがちな宥め方だ。
 なんだ、結局の所はただの話術ではないか。
 そうエリックは内心鼻で笑い、一転彼の能力への疑心を強める。
 ならば、話術では誤魔化しの利かない事を訊ねてみよう。そう思ったエリックは、早速行動へ移した。
「あの、他の祖先とも話す事は出来ないでしょうか?」
「うーん、出来なくもありませんが……。ただ、応じてくれるような呼び掛けには、相応の用意が必要ですので、今すぐ個々でというのはちょっと」
 その同名の先祖以外は応じられない。それはつまり、そういう事なのだと、エリックは悟った。やはり祈祷師がどうとかは最初からインチキだったのだ。確率的に当たりそうな事柄だけをさもそれらしく答える事で、実際は居もしない先祖を騙っていただけなのだ。
 結局のところ、死んだ人間と話す方法など存在はしない。ただの興味本位、もしくは死者へ何らかの未練がある者を満足させるだけの、端的に言ってしまえばペテンの一種だ。
 そう結論付けた途端、エリックは彼に対して興味を失うばかりか、本来の目的である牡蠣を食べに来た事へ水を差す煩わしい存在にさえ思えてきた。
 どうせ、二度と会う事は無いのだ。残りの注文を食べて、さっさと帰ってしまおう。そうエリックは自分の取るべきスタンスを決める。
 そこへ、ようやく残りの注文である牡蠣のグラタンが運ばれて来た。エリックは、早速焼き立てのグラタンを食べ始め、彼との不毛な会話は一方的に終わりにする。グラタンへ集中し会話を打ち切った自分の様はあまりに露骨だとは思ったが、実際に特務監査室で不可思議な事象に遭遇している以上、この手のペテン師には嫌悪感が少なからずあった。見えない物を見えるかのように、存在しない物を存在するかのように騙る人間はろくな死に方はしない。エリックの父親の口癖であるが、これだけは真実だとエリック自身も思っている。だから、そんな相手に半端な情けを持つ事は無意味なのだ。
 焼き立てのグラタンは非常に熱く、すんなりと食べ進める事は出来なかった。特にエリックは猫舌気味でもあり、熱いものをそう素早くは食べる事は出来ない。けれど、早くこの場を去りたい一心で、残ったワインで誤魔化しつつひたすらグラタンを食べて行った。
 そして、ようやくグラタンを完食した時だった。額に滲んだ汗を拭いつつ最後のワインを一気に飲みながら何気なく隣へ視線を送ると、いつの間にか男は離席していたらしく、そこに男の姿はなかった。エリックは、これは幸いとばかりにすかさず自分も席を立つと、手早く会計を済ませて逃げるように店を後にした。
 店の外に出たエリックは、ようやく離れられたと安堵の溜め息を一つついた。丁度トイレに立たれたおかげで、下手に呼び止められたり次回の約束などを取り付けられずに済んだ。いや、あの手の人間と関わるのはもっと面倒事を招いたに違いない。
 景気付けに牡蠣を食べるはずが、危うくとんでもない事に巻き込まれる所だった。これもまた、特務監査室なんかに所属しているせいで変な人間を呼び寄せているのではないか、そんな妄想すら抱いてしまう。
 何にせよ、もはや自分と彼とに接点はない。今夜の事はさっさと忘れて寝てしまおう。そう結論付けたエリックは、ワインで些か軽くなっている足取りのまま帰路へとついた。