BACK

 警察署の玄関から出て来るセドリックを、三人は向かい側の路地に潜んで窺っていた。ブラックナイトの公演会場はここから近く、セドリックはそのまま徒歩で向かっている。三人は人混みにうまく紛れながら、その後を慎重に尾行した。
 尾行はルーシーの発案でウォレンも賛成したものだったが、エリックは今一つ納得がいきかねていた。自分のアリバイには絶対の自信があるであろうセドリックが、まさか警察署から出てすぐ共犯者に会いに行くといった愚行に走るとは、とても思えなかったからだ。けれど、乗り気の二人を説き伏せるほどの説得力を持ち合わせていない以上、渋々だが従うしかない。
 セドリックは実に堂々とした足取りで、真っ直ぐ会場の方へと向かう。端正な顔立ちやその背格好から、セドリックの姿は往来でも非常に目立った。しかも今まさに話題の人物であるため、たびたび話し掛けられてはその都度足を止めていた。セドリックは自分のファンらしき人に丁寧に対応していて、傍目にも非常に好感が持てた。仕事中以外でもファンを大切にする姿は、人一人を手品仕立てで殺めるような人物にはとても見えなかった。
 やがてセドリックは、本日の公演会場となる創立記念会館へ辿り着いた。セディアランドの成立を記念して建てられた会館で、非常に古く趣のある建物である。ただし、内装は頻繁に手が入れられているため、外観ほどの古臭さは感じさせない。この規模の会場を満員にさせる手品師は非常に限られており、セドリックが紛れもなく一流である事を示している。
「どうします? セドリックは中へ入っていきましたけれど。ここまで怪しい行動は無かったですし、尾行は止めて一旦戻りましょうか」
 そうエリックが訊ねると、ルーシーがいきなり頭をはたいてきた。
「若いモンは、そうやってすぐに諦めるんだから。中へ入ったなら、私達も入ればいいでしょうが」
「いや、まだ開場前ですし、そもそも今日のチケットも持ってないでしょう。捜査権も名分も無いのに、どうやって入るんですか?」
「大丈夫、熱烈なファンを装うから。ついでにサインでも貰っちゃおうっと」
「ルーシーさん、我々の職務と趣旨は分かってますよね?」
 不安になりつつも、早速行動へ移したルーシーの後を追う。
 会場の出入り口には屈強な警備係が四人も配置されていて、近づいて来た三人を早速じろりと睨み付ける。この手の強引なファンは非常に多いのだろう、かなり神経質になっているような印象を受ける。
「あのー、私セドリック様の大ファンなんです。何とか一目会えませんか?」
 ルーシーは彼らに臆する事無く、露骨な猫撫で声でそう頼み込む。そんなものが通じる筈がないだろう、それを本当に真面目にやってしまうなんて。そうエリックは呆れながら思っていた。しかし、
「特務監察室のルーシー様でいらっしゃいますね。そちらのお二方は、ウォレン様とエリック様。セドリック様より、到着いたしましたらお通しするよう言い使っております。どうぞ」
 屈強な警備係は恭しい態度で、あっさりと入り口を開けてしまった。ルーシーは自分の作戦がうまくいったとばかりに、こちらに得意げな表示を見せながら中へ入っていく。ウォレンとエリックもまた、すぐさまその後に続いた。
「なるほどね……。セドリックとか言ったな、あいつの宣伝文句は魔法使いがどうとからしいじゃねえか。俺達が尾行していた事もお見通しだったってか? 魔法使いさながらによ」
 ウォレンはいささか苦々しい表情を浮かべる。これまでの事から察するに、ウォレンは回りくどいやり口や遠回しな言動を特に嫌う。それはおそらく、指揮系統や命令の内容が明示的だった兵士時代の影響なのだろう。
「いえ、そもそも特務監察室とか僕達の名前をどうして知っているんですか? 一般にはあまり知られてない部署ですし、僕ら個人の名前なんて更に知られてないはずなのに」
「けっ、嫌味な野郎だな。さも魔法使いですって誇示が強くて腹が立つぜ」
 本当に魔法使いなのかどうかはさておき、セドリックは何らかの方法で特務監察室の存在と、自分達の名前は押さえている事は事実だ。それらを押さえたのは必要と感じたからであり、特務監察室が捜査に関わってくる事も予想していた事になる。では、どうしてあっさりと通してしまったのか。特務監察室と接触したい、何らかの理由がある事になると思われるのだが。
 会館の中へ足を踏み入れると、そこには派手な薄着の衣装を身にまとった一人の女性が待っていた。それはブラックナイトでセドリックのアシスタント役を勤めていた女性の一人で、その衣装はエリックも見覚えがあった。
「これよりは、私が御案内いたします。こちらへどうぞ」
 彼女は恭しく一礼し、舞台とは違った静かな仕草で先を進み始める。この落ち着きと用意の良さから、エリックは親切さよりむしろ恐怖に近い不安を感じた。だが、間違ってもセドリックが本物の魔法使いではなどとは思わぬよう、自分の中の猜疑心は持ち続けた。