BACK

 試しに、被害者との接点があったとされるナタリアの自宅を訪れてみたものの、そこは既に警察署の捜査員で溢れかえっていて、捜査本部のようには立ち入る事は出来なかった。分かってはいたが、身柄を押さえられる前にナタリアと接触する事は不可能な状況である。
 やはり、一通りの聴取が終わった後に、特務監察室にも聴取させて貰えるよう頼む他ない。エリックは出鼻を挫かれたような心境で、大人しくその場を後にするしかなかった。
 執務室へ戻ってくると、そこには未だウォレンとルーシーの姿は無かった。時刻は正午過ぎだが、まだ二人とも登庁していないのだろうか。そう思ったが、エリックが出掛けに残していった書き置きは消えているため、一応二人の内どちらかは少なくとも登庁はしたようである。
 自分と同じく、どこかへ捜査へ出掛けたのか、もしくは捜査本部との入れ違いになってしまったのか。
 迂闊な身動きが取れなくなってしまったと思ったエリックは、今日の所は一旦このまま待機する事にした。念のため、執務室内の資料を片っ端から漁り、セドリックとナタリアの名前を探してみたものの、やはり記録には載っていなかった。類似した手口についても同様である。二人とも今回が初犯か、もしくは特務監察室に知られぬようにしていたか、どちらかなのだろう。
「お、仕事サボって出掛けた奴が帰って来てるな」
 夕方になろうと言う頃、おもむろにウォレンとルーシー、そして室長までが同時に戻ってきた。ウォレンとルーシーだけならさほど驚きはしないのだが、そこに室長が加わった事で何か重要な案件に欠席してしまったのではないかという緊張感が込み上げて来る。
「あ、すみません。勝手に出てしまって。ですが、捜査本部で動きがありました。その情報を持って帰って来ています」
「ああ、もしかしてナタリアの件か? それならさっき、死体で見つかったぞ」
「え? 死体?」
 突然のウォレンの言葉に、目を白黒させるエリック。自分が捜査本部で聞いた来たばかりのナタリアの事を知っているのもそうだが、そのナタリアが死体で見つかっただなんて。あまりに予想外で、エリックは足元が抜けるような錯覚すら覚えた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。死体ってどういう事ですか?」
「どうも何も、そのままだろ。死んでたんだよ。自殺だってな。それで確認も含めて、俺達も立ち会いに呼ばれたんだ。一応、セドリックの件のガイシャの知り合いだからな」
「ど、どうして自殺なんか……」
「知るかよ。遺書はあったが、読まして貰えねーしな。ま、大方ガイシャを殺した事を悔やんだか何かだろ」
 さも下らない事に付き合わされたとばかりに、ウォレンは大きな溜め息をつきながら自席へとつく。それは、心底どうでもいいと言わんばかりの態度だった。
 ナタリアは、被害者であるスチュアートと何らかのトラブルを起こしていた。それが、スチュアートを殺害する動機なのだと思っていたのだが。まさか自殺するほど悔やんでいたなんて。
 これでは聴取も出来ず、セドリックとの関係も調べることが出来ない。そして、今後の展開も非常に悪くなる。スチュアート殺害の犯人はナタリアという事で事件が収束し、セドリックはこのまま何の咎めも受けないという事だ。元々、セドリックがスチュアートを殺害した実行犯とする説には無理があった。それよりも遥かに現実的な仮説が出て来れば、そちらを採用するのは当然の流れである。
 このまま特務監察室の仕事は終わりなのか。そう落胆し掛かっていると、室長はいつもの何の気なしな表情で話した。
「それじゃあ、今後はセドリックの動向に要注意ね。分かってはいると思うけど、少なくとも特務監察室としてはセドリックの疑いが全て晴れたとは思っていませんから」
「そ……そうですよね!」
 今回の案件で、初めて心から共感出来る言葉だ。エリックはそう俄かに沸き立った。状況証拠だけでは、おそらくこのまま全ての罪をナタリアが被せられる事になるだろう。ナタリアが被害者へ恨みを持っていないとは思っていないし、事件について全く無関係とも思っていない。しかし、セドリックが全く無関係だとも全く思っていないのだ。少なくともセドリックには、自分が初めから事件の関係者である事を匂わせる、犯行予告のパフォーマンスがある。その経緯については、警察のように偶然で片付ける事は絶対にしない。
「では、これからもセドリックは監視していく方向で大丈夫ですよね?」
「そうね。少なくとも当分の間は警戒しておく必要があるわ。もしかすると、第二第三の事件を起こす可能性だってあるのだから」
 そう、セドリックは特に理由もなく被害者を殺したと言っていた。それが事実だとするならば、今後も同様の事が起こり得る。そしてそれは、自身を魔法使いになぞらえた、不可解な出来事の存在を世の中に広めるような手段だ。
 特務監察室の仕事は、不可解な事象の存在を封じ込め、社会を混乱させない事である。不可解な力を用いて人を殺す危険性のある人物をマークするのは、正しい職務であるのだ。