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 セドリックが特務監察室へ現れたのは、ナタリアの件を知ったその翌日の朝の事だった。珍しく四人が揃っている朝の執務室へ、堂々と自らの足でやって来たのである。その大胆不敵さに、一体どうやって此処へ辿り着けたのかよりも、わざわざやって来た目的について問い質す事が優先された。けれどセドリックは、以前の飄々として挑戦的な言動から一変し、妙に深刻で神妙な面持ちをしていた。
「突然の訪問で申し訳ありません。実は、特務監察室の皆さんにお願いがあって参りました」
「まずはこちらへどうぞ。詳細をお聞きします」
 室長は応接スペースへとセドリックを通す。対面同士に室長とセドリックが着席するが、エリック達は同じように着席せず、セドリックを取り囲むかのように周囲へ立った。セドリックは何をするか分からない。訪問した真意がはっきりするまでは、警戒せざるを得ないためだ。
「それで、私共へお願いとは何でしょうか?」
「不躾で申し訳ありませんが……私の身柄を逮捕して頂きたいのです」
「逮捕? 一体何故です?」
「東四番街のスチュアートを殺害したのは、他でもなく私だからです。殺害方法は、御存知の通り以前に私が舞台上で行った遠隔殺人の魔法です。あなた方特務監察室へお願いするのは、そんな与太話を信じて戴けるのは他に無いからです」
 まるで別人かと疑いたくなるような、あまりに覇気のないセドリック。エリックは半分は演技を疑う一方で、もう半分はあまりの変貌ぶりに狼狽えていた。自分を捕まえられるものなら捕まえてみろ、そんな挑戦的な態度を取っていたというのに。自身の魔法を与太話と言い切り、逮捕してくれと懇願する今の姿、一体何が彼をそうさせたのだろうか。
 室長はおもむろにテーブルの上にあった今日の朝刊を手に取ると、その一面を広げセドリックに見せた。今日の一面の記事も、エリックはきちんと押さえている。それは、スチュアート殺害事件の重要参考人だったナタリアが自殺していた、というものだ。そして記事では、このまま被疑者死亡で事件は幕を閉じるだろうと推測されている。エリックも同じように予想していた。
「この記事はお読みになりましたね?」
「ええ……。驚きました。まさか彼女が自殺していたなんて……」
「それで、何故あなたは、頭を下げてまで逮捕されたいと思われるのですか? 事件の関与を否定もせず、むしろうちの職員にも大分挑戦的だったそうですが」
「彼女の、名誉のためです」
「名誉、ですか。失礼ですが、あなたと彼女とはどういった御関係でしょうか?」
「元々は、単なる私の支援者の一人、ファンでした」
 セドリックとナタリアの接点は、警察でも調査はしていない。そもそもセドリックを犯人として挙げる事を考えていないからだ。一体彼らはどんや関係だったのだろうか。それをぽつりぽつりと力のない声で話し始めるのを、エリックは耳を澄まして集中した。
「駆け出しの頃から私を応援してくれている方は十人程おります。彼女はその中の一人で、今のように売れる前は、時折ファン達と一緒に食事をしにも行きました。もっとも、関係はそこまでで、私は舞台の事で常に頭が一杯だったし、彼女も直接は口にしなかったけれど交際相手が居るような話しぶりをしていましたから。私が今のように売れ出してからも、手紙による交流はずっと続けていました。そんな中です。ある日突然、彼女からの手紙には恋人に裏切られたといった、直接的な内容がしたためられていたのは」
「どういった内容でしょうか?」
「言えません。ただ、とても普通じゃない酷い破局をした事は事実です。この時私は、ふと疑問を感じました。どうしてこんな、到底人には知られたくない出来事を私には細かに説明してくれたのだろうか、と。そこで私は思ったんです。これは、私に仇を取って欲しい、そういう叫びだったのではないかと」
「それで、自分とは直接的な接点の無いスチュアートを殺害したのですか」
「そうです。もちろん、警察の追及は彼と問題を起こした彼女へ向かうとも思っていました。だがら、特務監察室が必要でした。私の魔法を信じてくれる訳ですから」
 ナタリアへ捜査の追及が向かわないようにするため。だから、あんな挑発的な行動を繰り返していたのか。
 手品の手法の一つに、観客の焦点をそらすものがある。派手で目を引くが全く意味のない事へ注意を向けさせ、その間に肝の部分をひっそりとこなすのだ。セドリックの行動はどこかそれに似ている。
「ナタリアさんは、既に亡くなっています。それでもあなたが自身の逮捕を望む理由は何でしょう?」
「理由は同じです。私は、警察や世間の目を彼女へ向けさせたくないのです。警察が捜査を続ければ、あの名状し難い事にも気付き、それを動機と断定するでしょう。私は、出来るだけ人には知られたくないのです」
 セドリックの言葉に偽りがなければ、彼の不可解な行動も納得がいくようになる。だが、特務監察室には逮捕権など無い。それに、セドリックの魔法は未だ本物かどうかも検証が出来ていないのだ。室長もまた、エリック同様にセドリックの処遇には迷いを重ねているようだった。
 そんな時、突然ウォレンが会話に割って入って来た。
「お前、逮捕されたいとか抜かしたがな。じゃあ、お前が殺しの犯人だって認めるんだな?」
「ええ、そうです。私がスチュアートを殺しました」
「手段は? 本当に魔法でやったとでも言う気か?」
「もちろん。私が行っているのは、紛れもなく本物の魔法です。あなた方は、そういった特別な力で犯罪を犯す人を取り締まるのが仕事でしょう」
「お前が本当に本物だと断定されりゃあな。証明のために、俺をやってみろよ」
「本物ですよ。ただ、私はもう二度と人を傷付けるためには使いたくはありませんが」
 セドリックは本当に本物の魔法使いなのか、その真偽はともかく。いつしかエリックは、ナタリアから何としても目をそらさせようと必死なセドリックが哀れに思えて来るようになった。殺人は誉められた事では無いが、セドリックの善意は本物であるように思う。しかし、今の弁明に必死な姿はむしろ現実から逃避しているだけのように見えてならなかった。
 ウォレンとセドリックの不毛なやり取りを見ている内に、エリックは居たたまれない気持ちのあまりその場から逃げ出してしまいたくなった。それでも留まり続けたのは、自身の特務監察室の一員としての責任感からだろうか。