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 半ば強引に押し入ったパトリツィオの屋敷は、以前とは違って数名の使用人の姿があった。いずれも例の件について詳細は知らないものの、パトリツィオの様子から何か良くない事が起こったのだと察しているようだった。
 内々の話という事で、パトリツィオの私室へ無理やり通させる。そもそもパトリツィオはほとんど反論らしい反論もしないため、言われるがままに近かった。
 パトリツィオの私室は、これといった調度品が少なく妙に生活感の無い部屋だった。ここもやはり、パトリシアの言葉を気にして片付けたのだろう。
「あ、あの、エリック君。今日は急に何かな……?」
「突然押し掛けてしまって申し訳ありません。実は、あの件についての事です」
「あの件……。そうだね、本当に申し訳ない事をしたよ。そんなつもりじゃなかったんだ……」
 パトリツィオは以前に比べて、酷くやつれていた。顔色も悪く、口数が少ない。如何にもあまり眠れていないという様子だ。やはり、あの霊応盤に示されたメッセージの内容がこたえているのだろう。
「じゃあ何のつもりだよ。大方、ちょっと脅かしていい雰囲気に持ち込もうとか思ってたんだろ?」
 ウォレンはいつになく苛立った様子で、そう吐き捨てた。初対面の相手のはずなのに、随分攻撃的だ。生理的な相性でもあるのだろうか。
「あの、それでこちらの方々は……?」
「実は、ちょっと説明が難しくて……。一応、官吏の人間です。特務監察室という所の」
「はあ、そうですか……」
 聞き馴染みの無さは仕方ないとして、パトリツィオは落ち込み過ぎているせいか興味自体あまり持とうとしてくれなかった。確かにあのメッセージは不気味だったが、ここまで落ち込むほど真に受けているのかという困惑も少なくなかった。心が弱っていると、都合の悪い事ほど信じてしまうものなのだろうか。
「要するに、あんたの不始末をどうにかしましょうって事ですよ。私達専門家に任せればいいんです」
「専門家、ですか……? ハハッ、政府の人間なのに専門家って……」
「おい、この野郎。なにへらへらしてやがんだ。元はと言えば、テメエの悪ふざけが原因だろうが」
「そうですね……きっとパトリシアにも嫌われてしまった。いっそ死んでしまいたい……」
「どこまでも腐ってんな……テメーはよ!」
 突如いきり立って掴み掛かろうとするウォレン。唐突な激昂にエリックは慌てて間に入り、ウォレンを座らせた。馬車の時もそうだったが、今日のウォレンは、どこか様子がおかしい。また発作か何かと、エリックはウォレンの事が不安に思った。
「ま、騒々しいコイツらは置いといて。その、霊応盤。ちょっと見せて貰える?」
「えっと……まだ例の部屋にあります。と言うか、あの夜からずっとそのままにしていて」
「丁度良いじゃない。ほら、さっさと案内して」
 ルーシーの強引な仕切りで、良く状況を把握できないままパトリツィオは件の部屋へ案内をする。思えば、パトリツィオがこう弱気になっているおかげであれこれ特務監察室について訊ねられない事は、自分にとっても好都合だとエリックは思った。あの調子であれこれ訊ねられたら、きっとウォレンは本当に殴り飛ばしていただろう。
「こちらになります」
 パトリツィオの案内でやって来たあの部屋は、週末に見た時とそのままの状態だった。窓が無いため昼間でも薄暗いのだが、空気の淀みは気持ち少ないように思う。それに、ルーシーのような賑やかしがいるだけで、大分雰囲気は違ってくる。
「あー、なるほどね。霊を呼ぼうって雰囲気作りしたんだ。ま、色々間違ってるけど、今回は別に関係ないかな」
 部屋を軽く見回しそう言ったルーシーは、早速テーブルの上の霊応盤に着目した。
「お、これ結構本気の奴じゃん。聖都に作れる人なんていたの?」
「はい、ちょっとその筋の人に紹介して貰って」
「確かに、やり方間違わなかったら、本当に呼べたかもねー」
「えっ!? 呼べるって、死んだ人をですか!?」
「そうよー。って、その反応。やっぱりおどかすためにやったんでしょ。女の子が怖がると思ってさあ」
「は、はは……申し訳ないです」
 パトリツィオの本音はさておき、問題は呼び出したものが悪質なものかどうか、パトリツィオが本当に今日中に死ぬかどうかである。そうさせないためにも、何らかの対策を講じなければならないのだ。
 するとルーシーは、少し霊応盤を見ただけですぐにやめてしまい、うろうろと部屋の壁を見ながら歩き始めた。そして突然と雰囲気作りの一環で掛けていた布を掴むと、強引にそれを引き剥がしその裏の壁を確認し始めた。
「あー、やっぱりねー。この部屋、元々は空き部屋だったでしょ?」
「た、多分。前の住人は荷物を全部引き払ってから、引っ越して来た訳で。特に使われた形跡もなかったし、こんな奥まった所だから別に使い道も無かったんだろうなと」
「という事は、引っ越す時にちゃんと連れて行かなかったのかなー」
 連れて行く。そのまるで誰かが居るかのような表現に、エリックとパトリツィオはほぼ同時に引っかかり、小首を傾げた。
「連れて行く? 何の話でしょう」
「んー、いわゆる妖精とか精霊とか守り神とか? 家に居着くタイプのそういう奴よー」