BACK

 二人が部屋へ戻って来ると、そこではエリアスが相変わらず落ち着き払った様子で待っていた。ウォレンは憮然としたまま元の席へ着き、一言の謝罪もなく堂々と振る舞う。普段の彼らしい不遜さが戻ったとエリックは安堵するものの、今度はジェイコブの態度が気にかかった。このウォレンの振る舞いも含め、今の一連を見ながらウォレンにもエリックにも何も言わず静観の姿勢を見せている。普通なら、少なくともウォレンの振る舞いに何かしら発言してもおかしくはない。それに、あのエリアスの言葉にも、何も驚きや疑問は感じないのだろうか。あの程度の会話は、既に聞き慣れてしまっているのか。
 不安になる憶測を並べても仕方がない。そう考え方を単純化し、エリックはウォレンとエリアスの会話に焦点を絞る事にする。
「先程は失礼いたしました。ところで、このウォレンとエリアス君ともう少しこのまま話をさせたいのですが、宜しいでしょうか?」
「皆さんと同席という形であれば」
 エリックの提案はあっさりと了承される。今のウォレンの取り乱し様を目の当たりにしたのだから、もっと渋られると思っていたのだが。何にせよ、快諾されたのはありがたい事だ。
 ウォレンは横柄な態度と鋭い視線でエリアスに対峙する。それが虚勢である事は、エリックにもひしひしと伝わってきた。明らかに無理をしている。普段から接しているため、嫌でもウォレンの不自然さには気付いてしまうのだ。
「お前……本当に生まれ変わりなのか? あいつの」
「そうみたいです。厳密に言うと、少しずつ複雑で。同じ体に、二人分の記憶があるような感じなんですよ。だから自分が誰なのか逆に分からなくなる時があります」
「そうか……あんまり居心地のいい感じじゃないんだな」
 普通、生まれ変わった人間は、これまでの記憶を全て失ってしまうそうだ。それが何らかの不具合で持ち越されてしまった場合、自分が感じるのは前世の続きではなく、今世との競合なのだ。想像する事でしか考える事は出来ないが、生まれ変わるというのは一種の先天的な疾病に近いのかも知れない。
「ウォレンは僕のことを覚えててくれたんですね」
「忘れねえよ、ディーン。忘れられる訳がないさ」
「そうだね、簡単に忘れられたら困る。僕はね、未だにウォレンには憤慨しているんだから。率直に言って、恨んでいるんだよ」
 それは当然の発想である。だがそんな一方でエリックは、もう恨んではいない、という許しの言葉を期待していた。やはり、そんな都合の良い話は無いのだ。結局のところ聖人君子とは、加害者側の願望なのである。
「ところで、メイベルは今どうしてるの?」
 エリアスのその問いに、ウォレンの表情が一瞬で強張る。
「……答え難い」
「そう。なら、尚更答えさせたいね。その理由も、無理やりにでも話させたい」
 エリアスの口調は加虐的で、いささか年なりの稚気を感じた。けれど、落ち着き払った表情から察するに、根っ子の部分は逆に極めて理性的なのだろう。それを見透かせるなら、エリアスの言葉に釣られる事もないだろう。けれどウォレンは、平静さを装おうとはしても動揺の色がありありと浮かんでいる。
「……お前の戦死を知って、自殺を図った。毒を飲んだんだ。それで死んだ。彼女の家族は、それから間もなく何処かへ引っ越した。行き先は分からない。俺もあれからずっと関わらないようにしていたから。あの屋敷には、今は別な人間が住んでいる。この間、仕事でたまたま行ったばかりだ」
 唇を震わせながら、やっとの事で言葉を絞り出すウォレン。エリアスはその様を無表情で眺めていた。ウォレンの精一杯の説明も、まるで既に知っていたかのように見えた。その上で、あえてウォレンに話させて苦痛を感じさせている、そうとしか思えなかった。
 あまりの苦しさに呼吸が乱れ、表情が苦しみで歪むウォレン。その様をエリアスは充分に眺め切ってから、おもむろに口を開いた。
「全部、君のせいだね。僕達が破滅したのは、全部」
「そ、それは……」
「君のせいだよ。だから、僕は君の事を許すつもりはないし、恨みは一生消えない。今だって、心の中ではずっと君のことを罵り続けているよ。実際に聞かせてやろうか?」
「う、う……あ」
「何だよ? 許して欲しいってのか? ふざけるなよ。君のした事は、少なくとも僕には絶対に許し難い事なんだ。昔の事だから水に流せ? 済んだ事は仕方がない? そんなもの、全部君の都合だろ」
 穏やかで落ち着き払った表情のまま、エリアスは次々と言葉を並べウォレンを一方的に責め立てる。だがエリックには、エリアスの苛烈な言葉の中にウォレンへの怒りが込められているようには感じなかった。ただ、ウォレンを傷付けたいから傷付く言葉を選んでいる、そんな気がした。そのちぐはぐさ、前世と今世が入り混じった故の言動なのだろう。