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 テーブルの上の霊応盤、その上に置いたハート型のプランシェットにエリックとウォレンの人差し指が置かれる。ウォレンの指は僅かに震えていた。本人もまた、すっかり怯えきった表情で青ざめている。エリックの存在が、辛うじてウォレンを動かしている状態だった。
 ここから、いわゆる呼び出したい何かに語り掛ける事で、それに応じてくれた何かがこのプランシェットへ働きかけてくる。こちらもその何かに対して質問をし回答を得る。これが、これから行う降霊会の概略だ。
 奇しくも、以前に降霊会は一度だけ参加していたため、やり方の手順やルールなどをエリックはよく知っていた。ただ、その知識をまさか自分が実践する事になるとは思ってもいなかった。
「まず、禁止事項を説明します。霊が入ってから帰るまで、絶対にプランシェットから指は離さないで下さい。また、霊に対しての質問で金銭に関わる事と自分の寿命を訊ねてはいけません。最後に、必ず敬意は払うこと。以上です」
「ああ……分かった。俺は黙ってる」
 特に最後の禁止事項、敬意を払うという事について、普段のウォレンなら絶対に条件反射で反発するだろう。それを素直に聞いているのは、それだけ心が弱っているせいだ。
「では、始めますよ。ウォレンさん、出来るだけ震えは止めて下さい」
「あ、ああ。分かった。始めてくれ」
 不安げなウォレンの返答を確かめ、エリックはゆっくりと降霊を始める。
「このウォレンに縁のある女性メイベル、今ここに居りましたら、このプランシェットに何か返事を下さい」
 エリックは、神妙な口調で淡々とその言葉を繰り返す。意味のある文面を何度も何度も繰り返し唱え続けていると、やがて耳がそれに慣れて来るのか、単なる雑音のように感じてくる。それもまた儀式を成功させるのに必要な事だと、エリックは思っていた。降霊会はまず何よりも雰囲気が重要であり、本当に何かがやってくるのではないかと思わせなければ、それはやって来ないものなのだ。
「このウォレンに縁のある女性メイベル、今ここに居りましたら、このプランシェットに何か返事を下さい」
 何事も起こらぬまま、小一時間程が経過しようとしている。エリックは未だひたすら同じ文言を唱え続け、ウォレンは何も起こらない事にいささか安堵しているのか表情が柔らかくなってきている。
 プランシェットには未だ反応はない。このまま時間だけ経過し続ければ、その内エリックも断念してくれるだろう。ウォレンがそんな事を考え始めていた時だった。
「えっ!?」
 ウォレンは思わず息を飲み、背筋を硬直させる。これまで何の反応も示さなかったプランシェットが、突然と動き始めたからだ。
「プランシェットは入り口へ動きました。どうやら、何かが来てくれたようですね」
 エリックは特に動揺もなく、淡々とした口調で状況を説明する。
「お、おい、来たってまさか……」
「確かめてみましょう。あなたはメイベルさんで間違いありませんか?」
 すると、エリックの問い掛けに対してプランシェットが動き始める。プランシェットは定型文の一つである、はいの項目へ真っ直ぐ向かっていった。
「そのようですね」
「嘘だ……! いや、別人が嘘をついているに違いない!」
 ウォレンは、信じられない物を見るような目で、辛うじてプランシェットを正面から見据えられていた。それこそ、その目は必死で目の前の状況を否定しているかのようにも見える。メイベルに出て来て欲しくない。その本音の現れだ。
「メイベルさん、こちらの背の高い方の男性は御存知ですか?」
 プランシェットはエリックの問いに答えるかのように、はいの定型文を二度回る。
「あなたとは、どういった御関係でしたか?」
 すると、一端プランシェットは動きを止めてしまう。しかしすぐにまた動き始め、勢い良くスペルを次々と指し示していく。
「お、と、も、だ、ち。友人という事ですか。だそうですけど、如何ですかウォレンさん?」
「あ、ああ。そう見てくれてるのか……」
 半ば茫然自失のウォレンではあったが、ここに来てほんの僅かに安堵の色が見えた。プランシェットが示すおともだちの言葉に、多少の好意を感じたためだろう。
 無事に事は進んでいる。そしてこの降霊会の趣旨は、単なるウォレンを懐かしませる事ではない。そろそろ本題に入らなければならず、ここからは失敗は許されないのだ。エリックは努めて平静の表情で、プランシェットへ次の質問を切り出す事にする。
「では、いよいよ本題に入ります。宜しいですね?」
「どうせ……やらないと終わらないんだろ? ああ、やってくれよ。確かに、いっそはっきり言って貰った方が気持ちがすっきりするような気がして来た」
 ウォレンもまた腹が据わったのか、かなり落ち着いて前向きな返答をして来る。それだけでも、この降霊会における成果としては大きいだろう。
「質問します。あなたはこの男、ウォレンを憎んでいますか? 未だ恨みに思っていますか?」
 ウォレンの視線がこれまで以上に強くプランシェットへ注がれる。エリックの質問は、これまでずっと目を背けて来た事だが、本当はずっと知りたかった事でもあったのだ。
 果たしてプランシェットはどう動くのか―――。
 プランシェットはしばし沈黙した後、ゆっくりとおもむろに動き始めた。そしてそれは定型文である、はいの項目を三度回った。