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 査察部四課に配属されて以来、エリアスはほぼ毎日と言っていいほど税制に関連した法律の勉強をしなければならなかった。税金に関連する犯罪を取り締まる以上、それらの法知識は最低限求められる。そもそもの配属が手違いである以上、自分は一層の努力が必要だとエリアスは焦っていた。本来ここへ来るはずだった人物は、聖都大を非常に優秀な成績で卒業したのだ。自分は少しでも近付く努力をせねば、四課の中で浮いてしまいかねないのだ。
 脱税の取り締まりを職務としているから、業務は警察のような聞き込みや外回りが大半だとエリアスは想像をしていた。しかし、実際の仕事の大半は机上での書類ばかりで、定期的にどこからか回されてくる税務の書類の山から不自然な金の流れを探すといった地味な単純作業が多い。それでも不慣れなエリアスには非常に難解で、先輩達に聞き回ってばかりだった。そんな状況でも、出来る限りこまめに時間を見つけては、少しでも法律の学習を進めるように心掛けていた。
 そんな日々にも慣れ始めた、配属から丁度三週間目の朝の事だった。不意にエリアスは、ボスと呼ばれているこの四課の長に呼ばれた。ボスの席の前にはベアトリスと、四課の中でも古株のアントンが集まっていた。
「そろそろ内勤も退屈してるだろうからな。次のヤマを三人でやってもらうぞ」
 それはつまり、取り締まりを執行するという事だろうか。エリアスは、思わず自分の表情が綻ぶのが見えなくとも分かった。
 実戦では学ぶ事が非常に多い。そう喜んだものの、何故かベアトリスの表情はまた不機嫌で、とばっちりを食らわぬよう自分の感情を面に出ないように抑える。
「何だ? 何をそんなむくれてるんだ。お前、外勤の方が好きだったろ」
 あからさまに不機嫌なベアトリスに、ボスは幾分からかうような軽い口調で話し掛ける。
「そうじゃねーって。何でさ、エリアスはともかく先生までつけるんだよ。別にエリアスだけでいいだろ」
「それだけじゃ良くないから、先生についてて貰うんだよ」
「なんだよ、まるで子守じゃねーか!」
「俺はそう言ったつもりだぜ」
 ボスがベアトリスの事を低く評価している。それ自体はともかく、ベテランのアントンが付いていてくれるというのは非常にありがたいとエリアスは思った。正直なところ、ベアトリスは突拍子もない行動を取りがちのため、冷静かつ経験の多い年長者に居て欲しいと思っていたのだ。その存在だけでも落ち着いて職務に臨め、ベアトリスの突飛な行動の抑止力にもなってくれる。
「私はもう独り立ちしてるんだよ。今更先生について貰うほどの事はねーんだよ」
 つんとした表情で拒絶の意志を見せるベアトリス。やはり、子守をすることは良くともされる方は気に召さないのだ。
 すると、おもむろにアントンが口を挟んだ。
「それはお前の思い込みだ。人の忠告はきちんと聞け。でなければ、人はすぐに錆び付く」
 その簡潔だが重い言葉に、ベアトリスは思わず息を飲んだ。
 アントンは、かつてベアトリスの教育係だった。ベアトリスだけでなく、この査察四課には彼に教育された人間は非常に多い。それ故に彼は先生と呼ばれているのだ。
 ボスにすら食ってかかるベアトリスだったが、そういった経緯もあってかアントンだけには逆らえないらしい。ベアトリスはアントンの一言でたちまちおとなしくなってしまった。
「話がまとまった所で、ヤマについて続けるぞ。今回の相手は聖都海運という運送会社だ。こいつらは、廃港を無断で利用しては密輸や密入国の商売をやっていやがる。小遣い稼ぎ程度なら大目に見る所だが、ここのところは急激に規模を拡大してきやがった。そろそろ釘を刺す頃合いだ」
 このセディアランドの沿岸域には、大小様々な港が無数に存在する。そのそれぞれが役割も異なっており、運用している者も実に様々だ。そのため当然のように使われなくなった港、即ち廃港も存在する。こういったものは破棄するにも金がかかるため、管理自体が放棄されて放置してしまう事が多い。
「あの、聖都海運とは、あの、聖都海運でしょうか? 業界でも最大手のはずでは」
「それは聖都海洋通運の事だろ。こっちは聖都海運、似たような名前の別会社と呼べば聞こえはいいが、要するに粗悪な類似品だ」
「なるほど。紛らわしいですね」
「だろう? その上、犯罪で金儲けをしてるんだからな。迷惑な話だろうさ。という訳で、お前らで奴らの金の流れを押さえて来い。帳簿でも何でもいいぞ。立件出来る証拠になればな」
 最大手に良く似た社名で犯罪行為を行う会社。これは確かに厳重に取り締まるべき対象である。だが、査察部には税金に関連した捜査件しかない。犯罪組織の取り締まりとしては、順番がおかしいのではないだろうか? 普通なら、組織を摘発した上で余罪を追及する過程にある捜査ではないのか。それとも、摘発する材料にするための切り口がこれなのだろうか。
 何にせよ、犯罪組織の取り締まりは必要である。以前も犯罪組織だっただけに、エリアスはまた理不尽に殴られるような事態にならないか一抹の不安を覚えていたものの、犯罪を取り締まるという明確な意志の方が大きかった。