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 ハーマン建設への強制捜査のあったその週末、査察四課の執務室ではその件についての反省会が行われた。この反省会は、捜査の成果によって内容や立ち位置が大きく変わる。一定の成功を収めれば、各人の良かった所を取り上げられる。そうでなければ、敗因を作った犯人探しが始まり吊し上げを食らうのだ。どちらも感情的であまり社会人がするような事ではなく、エリアスは口にこそは出さないがこの行事が好きではなかった。
「さて、ハーマン建設の社長及び役員は、今月末までには起訴される見通しだと、先程財務省から連絡があった。みんな、よくやってくれた! これは今年の中でも大きな成果だぞ!」
 ボスがにこにこしながら声を張り上げ拍手する。それに合わせ、四課の一同も拍手し、中には奇声をあげる者までいた。この喜び様は、エリアスにも理解が出来た。四課に回ってくるのはたちの悪い相手の案件ばかりの中、ハーマン建設はそこそこ大きな犯罪を犯していること、それらの証拠を全て揃える事が出来たこと、そして何よりもそれらを財務省が採用し起訴に乗り出してくれたこと。この三つが揃う事など年に何度もあるはずがなく、特に最後の財務省で保留にされてしまう事はしょっちゅうだ。それが珍しく通ったのだから、誰もが喜ばずにはいられないのだ。
「それにしても、今回はなかなか手強かったなあ。後で所轄に聞いたらな、公務執行妨害で捕まえたのは全部で三十六人。その内、前科三犯以上が半分弱、中には指名手配犯までいたそうだ。まあとにかく、ろくでもない奴ばっかりだったってことだ」
「へえ、そんなにおっかなそうには見えなかったけどなあ」
 そう呑気な感想を漏らすベアトリスに、一同は口々に笑い声を挙げる。エリアスも目立たぬように愛想笑いを浮かべた。確かにかたぎとは思えない人間も多かったが、あの時の事を思い出そうとするとどうしても怯えた目でこちらを見ていた彼らの顔が頭を過ぎり、自然な笑顔を浮かべることが出来ないのだ。
「今回際立ってたのは、やはりエリアスの活躍だな。初めからほとんど蹴散らしてくれたからなあ。あんなにあっさり中へ踏み入れるとは思わなかったぜ」
「お前、普段はおとなしいクセに実はかなり強いよな。あんな体格の人間も、次々とあっさり投げ飛ばしてさ」
「確か、武術習ってるんだってな。まったく、いい新人が入ってくれたもんだぜ」
 四課の面々から突然と浴びせられる賞賛。予想外の言葉にエリアスは戸惑い、曖昧な笑顔を浮かべながら頭を下げた。
 思い返せば、仕事の事でこうも大勢から褒められたのは初めての経験である。素直に喜べる嬉しい事だと思ったが、よく考えてみると褒められたのは業務的な能力や成果ではなく体力的な面だけである。要するに、今自分が最も悩んでいる暴力だけを褒められたのだ。査察四課に配属されてから日々勉強も欠かしていないのだが、自分に求められるのは体力面だけというばかりか、さほど成長もしていないのかも知れない。そう思うと喜びは一瞬で冷め、むしろ平素よりも重い心境に陥った。
 反省も振り返りもない、成功ばかりを挙げる単なる感想戦。延々と同じ話で盛り上がる中、やがて業務時間も定時を迎える。一同はやりかけの仕事もの無く、今日は週末である。早速皆はいつもより早い帰り支度を始めた。
「よう、これから打ち上げで飲みに行こうぜ」
「お、いいな。じゃあ、いつもの店でか?」
「悪ィ、俺はかみさんが待ってるんだ。先に帰らせて貰うぜ」
 それぞれの都合で、打ち上げの参加者は半々という所だった。エリアスは特に予定がある訳ではなかったが、酒を飲んで騒ぐ事は苦手である事と、そもそも話題になるのがあの一件なのは目に見えているため気が進まなかった。しかし、
「おし、じゃあ行くぞ。今日はお前が主役だからな、幹事もしなくていいぜ」
 ベアトリスは、参加する事が当たり前のように話してくる。未だベアトリスには逆らえないエリアスは、気乗りがしなくともこれを断る事は出来なかった。
 数人の団体で庁舎を出ると、早速繁華街の方へ向かう。週末という事だけあり、繁華街は既に大勢の人出で賑わっていた。元々聖都の繁華街は、昼夜関係なく賑わっている。日が落ちても一晩中明かりが煌々と灯され、それはまるで昼のように錯覚すらしてしまう非現実的な場所だ。この浮かれた面子で行くのだから、これは朝まで飲み続けるだろう、エリアスはうんざりした心境でそれを覚悟した。
 一同が入ったのは、四課の人間が良く出入りするいつもの店だった。こじんまりとした店ではあるが、早めに入れば多少人数が多くとも着席出来る事もあって良く使われているのだ。
「よーし、今日は飲むぞー。酒、どんどん持って来い! ボトルごとでいいぞ!」
 店に入るなり意気込むボスは、剛毅な笑いを見せながら店員に注文する。顔馴染みである店員は、慣れた様子で早速支度を始めた。
「おい、エリアスは何にする? 今日は好きなもの頼んでいいぞ!」
「それじゃあ、表の看板にあった牡蠣を」
「おお、いいな! よし、それじゃあ山ほど頼んでやろう!」
 まさか冗談だろうとは思ったが、今日はみんな浮かれてはしゃいでいるから、あながちそうとも言い切れない。とは言え、本気で注文してもこの人数なら大丈夫だろう。エリアスは慎重に量と人数を数える。
 考えてみれば、こんなはしゃいだ酒の席は本当に珍しい事である。ここへ皆で飲みに来るほとんどが、起訴まで持ち込めなかったような、意気込んでいた仕事がうまくいかなかった時だったからだ。